桜咲く? 吉野のめぐる初詣タビ 31

(N)さて、本日の話題は、2本あります。最初の記事は「鉄タビ(臨時便)」より始めます。タイトルは、「桜咲く? 吉野のめぐる初詣タビ」の31回です。
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(Kt16602F)そう言えば、畝傍御陵前駅まで戻ってきたのですよね。
(N)ええ、今回は、その場所に行ってみることにしました。

イメージ 2(N)さて、私と「しまかぜ」氏は、再び大和八木駅から橿原神宮前駅行き普通で、畝傍御陵前駅で下車し、その足で、奈良県立橿原考古学研究所付属博物館を訪れてみました。
イメージ 3(Kt1029F)それで、どういうところですか。
(N)実は、この研究所は、 「紀元二千六百年記念行事」の関連で建設された研究所ですが、本来の目的は、この研究所と同じ場所にある「橿原遺跡」の発掘調査が本来の目的でした。しかし、埋蔵文化財の発掘調査が盛んになると、この発掘調査の専門とする研究施設を立ち上げる必要性が出てきます。
その展示を目的として、昭和15(1940)年に考古学研究所付属博物館が完成するに至ります。
イメージ 3(Kt1029F)しかし、戦争中によくそんなことができましたよね? これも国威発揚と結び付いたのでしょうか。
(N)おそらくそうだと思いますよ。確かに昭和15(1940)年代は、特にこういったことが多いのが特徴ですから、珍しくはなかったと思いますよ。
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(Kt6051F)そうだとしたら、この施設は…。もともとプロパガンダ装置ということですね。少なくとも…。
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(N)それはそうだと思います。戦後になると博物館としての役割を果たすようになり、昭和43(1968)年に、博物館として登録されます。それ以前までは博物館相当施設だったのですから、これは大出世というしかありませんね。
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しかし、現在の名称となったのは、昭和55(1980)年からです。それから、この考古学博物館はさまざまな発見をしているのですよ。では展示物を見ていきましょう。
まず最初の画像は、縄文時代までの石器などを扱っております。
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こちらの画像は、縄文土器です。最初の画像は、尖頭器と呼ばれる石器です。次の画像は、
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土偶です。この土偶は、すべて割られたという説明があります。なぜ、そうなっているのか…、多くの見方は、儀式が行われた時に割って、厄除けに利用されたということだと考えられます。そして、多くの戦乱が起こり「日本」の形ができた弥生時代に向かいます。
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コメの伝来で、大きく変わった時代でもあります。その象徴がこの石包丁です。これで貧富の差が、広がり始めます。この時代から変わったのが、斧の出現です。
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このころから、定住時代の始まりともなります。そのために、斧には石斧で進化が見られます。
そして、もうひとつ。
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土器もこれに合わせて、実用的かつ進化し、生活雑貨としての機能を持落ち始めます。その中で、青銅器も作られ始めます。それが、
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銅鐸です。この銅鐸は、儀式に用いられたために、金銅のような色をしていたようなのです。それが、土に埋まったために、緑青が吹いていたりとかしております。
ここまで来ましたが(ずっと解説しっぱなしですが)、もうそろそろ、一息入れたほうがいいですね。
イメージ 4(Kt6051F)そうですね。全部を一つで終わらせるのは、厳しいですね。
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(Kt16602F)ここからは、この時代の事について、気になっていたことお聞きしたいのですが。
(N)なんでしょう?
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(Kt16602F)私たちも考えていたのですが、畿内が日本のもとといわれておりますが、縄文時代から、弥生時代はどういった場所が人口が多かったのでしょうか?
(N)これは、多くが東北関東地方に住んでいたといわれたおります。確かに、青森県の「三内丸山遺跡」が有名ですよね。
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(Kt16602F)確か、たくさんの遺跡群があることで知られておりますよね。先輩から教わりました。
(N)そして、「邪馬台国」が出てくるのが、弥生時代ですが、この時代は九州と、近畿圏に遺跡群があることで知られておりますが、現在も、「邪馬台国」論争は続きておりますね。しかし、これに光を当てる発見があったのです。
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(Kt16602F)えっ?
(N)実は、纏向遺跡の建物遺構の発見があったのです。
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(Kt1029F&1641F&6625F)それは?
(N)実は、纏向遺跡の中で、一昨年に神殿遺構が発見されたのですが、それに於いて「邪馬台国」が近畿地方にあったという説が有力になりつつあります。
神殿跡で、分かってきたのは、この国家がどういう形で作られたのかということを、物語るきっかけというべきかもしれません。
ということで、次回は「32」ですが、後半の「飛鳥・奈良時代」をお伝えします。それでは。