大阪歩きシリーズ第1弾 ありがとうございます交通科学博物館 03

本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から、「ありがとうございます交通科学博物館」の3回目をお送りします。

イメージ 1さて、明治期の大阪駅にタイムスリップ(?)した二人ですが、
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その向こう側は、当然のことながら現代の話で、当時の大阪駅を再現した場所に立っておりました。
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そして、当時の構内を再現したブースに入ります。
イメージ 4イメージ 5冬至の候内はもっとのんびりしていたのかもしれません。このころはおおらかだったために、時間がたっても、空を仰ぎ見る余裕があったのかもしれません。
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ホーム側に入っても、レトロ感爆発の車両が置いてありました。
イメージ 7さて、戻って現代。
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ほとんどが消えかけまたはすでに消えた列車たちが飾られておりました。今生き残っているのは、右から順番に、「はやぶさ」、「さくら」、「つるぎ」、「みずほ」(共通点はすべて新幹線で復活する、または復活した名前)と、「瀬戸」、「出雲」(現在の電車寝台特急)、「トワイライトエクスプレス」のみ、あとは臨時列車か、それとも消えた列車名でした。明治の黎明期からは想像できないほど、列車名にあふれた現代がどう映るのでしょうか。
イメージ 9イメージ 10続いては、現在の鉄道技術の最高峰、新幹線の登場ですが…。
この新幹線については、最近さまざまな書籍が出ておりますので、見てみるのもいいかもしれませんね。
イメージ 11次は、「なんだこれ?」と思われた方、よくよく見てください。上から「平戸」、「壇ノ浦」、「厳流」、「伯耆」とありますが、一番下の段の左下にある「但馬」を見かけられた方はいるかもしれません。これは急行のサボです。ちなみに、「北アルプス」は特急化されて有名となった名鉄直通特急でした。
その相方は「ひだ」で、その急行時代こそ「のりくら」という愛称で親しまれておりました。また、「日南」も昭和50年までは京都駅始発の寝台急行で、特に下りの「日南3号」は、宮崎駅から都城駅の間をC57型蒸気機関車が引いたことで知られております。
さらに、「ひのくに」はのちに「明星」、「あかつき」に格上げされた経緯があり、「平戸」は国鉄分割民営化まで生き残った列車となりました。
イメージ 12ここからは、現在のJR線ん区間を走る列車といいましても、主役は明け渡した組が入っていますね。681系は試作機となった車両が展示されております。
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そんなわけで、次はどうなるのか…、というところで、次回に回します。それでは…。