大阪歩きシリーズ 第1弾 ありがとうございます交通科学博物館 06

さて、本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」より「大阪歩きシリーズ」の「ありがとうございます交通科学博物館」の第6回です。

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さて、特急の紹介コーナーと、各私鉄会社の紹介コーナーに来たのですが、
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これから、「どこへ行こうか」といった旅情あふれる車内を、再現したジオラマを見てみました。ノスタルジックの雰囲気を出しておりましたが、ポスターを見てみたところ…
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臨時特急「さくら」と書かれてありました。これは、昭和30年代にあった列車で、東京駅と大阪駅を結ぶ特急でした。東海道本線が電化を達成するのは昭和31(1956)年のことで、これに合わせて、寝台特急「あさかぜ」がデビューします。
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(EF66型55号)僕が呼ばれたような…。
この寝台特急「あさかぜ」を中心とした九州特急は、東京駅を午後4時台後半から、午後7時台前半にかけて出発していくという光景が繰り広げられておりました。
ちなみに、当時の臨時特急「さくら」のダイヤは、下りの場合、東京駅を、当時のエースだった「つばめ」より10分早い、午前8時50分に出て、途中停車駅に、横浜駅、沼津駅、浜松駅、名古屋駅、岐阜駅、京都駅の順に停車。大阪駅には、午後4時20分着という形をとり、上りは大阪駅を、「つばめ」の3時間20分後、「はと」の10分前となる午後12時20分に出て、京都駅、岐阜駅、名古屋駅、浜松駅とここまでは下りと同じ、浜松駅から横浜駅の間で停車駅が変化し、静岡駅と熱海駅に停車して、横浜駅で午後7時台前半、東京駅には午後8時の10分前に当たる午後7時50分に到着しておりました。
そののち、多くの列車が電車特急化された後、昭和39年に新幹線にシフトして、東海道本線特急は夜行列車(九州特急)という形では残ったのですが、その夜行列車も平成21年に全廃という形で、系統自体が過去のものとなりました。
イメージ 5それと、同じ時期に活躍していたのが、各路線を走る急行用列車です。
急行といえば、客車、気動車、電車などで運用されていたものが多く、中には食堂車を連結していたものもありました。
実は、画像として映っている模型は、食堂車の一種ビュッフェ車両です。この車両の運用例を探してみるとありました。
東京駅を午後8時5分に出て、宇高連絡船の玄関口宇野駅を結ぶ「瀬戸下り1・上り2号」です。
上の図が、当時の編成です。
実は、この「瀬戸下り1・上り2号」は、
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現在の「サンライズ瀬戸」の直系の祖先にあたります。元は急行列車から派生した系列だったからです。
ほかには、急行「十和田5号」といった例があります。
イメージ 8といった例がありつつ、急行列車は全国各地に及んでいました。しかし、車両の古さ(寝台特急もこれで多くが廃止に追い込まれました)などがたたって、現在は北海道と本州を結ぶ「はまなす」が残るのみとなっております。
イメージ 9その牽引機関車たちも、現在では貨物機で活躍しているものを除いて、引退を余儀なくされたものも多くいます。このEF80型もその一つです。凛々しい姿ですがね。

ということで、「私鉄」までは進みませんでしたが、次回「07」は、その「私鉄線」のほうを紹介します。

それでは。