明治維新の香り漂う町を巡る 04 どこ高天原?

本日の話題の2本目は、「歴史もの」から「明治維新の香り漂う町を巡る」の第4回となります。

イメージ 1さて、高天原に向かう私ですが、そのまま車の中で、地図を見ながら、現在どこなのか、調べておりました。
とにかく、走ること10分ほどで、近くのお寺に到着。
イメージ 2ここは、どこかといいますと、高天原という場所から200m離れた場所です。奥にあったお寺は…。
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極楽寺と呼ばれるお寺です。この極楽寺は浄土宗宗派の寺院です。極楽寺の紹介ページからの掲載で見てみますと、「九品寺を後に「道」を南に進むと、途中に土蜘蛛塚のある森脇、古い民家の美しい名柄、さらに南に向かうと金剛山のふもとの極楽寺に至る。古い地名をもって吐田(はんだ)の極楽寺という方が通りが良いそうだが、南北朝時代は楠木正成の祈願寺となり河内、金剛、吉野の要所として南朝側の合言葉に「極楽寺」が用いられたともいう」そうです。
天暦5年(951)に開山ということから、説明が正しいとしたら浄土宗初期の寺院ということになります。
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場所は、ここです。全画面になっていないのはお許しください。
その左側の場所になっているのです。
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実際には、こういった状態になっております。山も雪が積もっているところです。
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そして、東に目を向けると、広い大和盆地が広がります。
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梅の木の花も、咲き乱れていました。
その近くが「高天原」であるようですが…。その場所については、次回「05」に回します。それでは。