ついに、夢の企画実現へ! 『阪神』三宮駅先発→賢島駅行特急レポ 06 大和八木駅撮影開始

本日の話題は、2本あります。最初の記事は「鉄タビ」本編から「ついに、夢の企画実現へ 『阪神』三宮駅先発→賢島駅行特急レポ」からです。


さて、東に向かう私たちは、14301439編成青山町駅行急行を降りた後、撮影を開始しました。
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最初に登場したのは、ステッカーを撮影してきました。それは「あべのハルカス」のステッカーです。
その前になぜ直通列車を、運航することになっていったのか。それをお話ししていきます。
実際に、大阪難波駅から阪神の尼崎駅の計画が発表されたのは、さかのぼること60年ほど前の昭和341959)年からです。阪神なんば線の前身である西大阪線は当初、伝法線と呼ばれておりました。
かつては、本線に直通する西大阪線特急が運転されていた時期があり、昭和491974)年11月の同特急廃止後は大阪難波延伸開業まで本線に直通する列車はなく、線内折り返しの普通列車のみの運転していたのです。
大阪市西南部から神戸への短絡ルートを作る目的で設定された性格を持つN特急ですが、その利用率は低下、阪神なんば線の開業で快速急行を奈良まで運転していくという状況に代わりましたが、阪神地域姫路方面から大阪ミナミの繁華街である難波道頓堀、さらに奈良県方面、そして大阪上本町駅または鶴橋駅乗り換えで三重県名古屋方面へのアクセスが大幅に改善、強化されたのですが、
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{今の画像は21000系名古屋駅行特急(甲特急)

直通列車が運転されるのは、5年の年月を要することになります。近鉄社長の小林哲也が伊勢志摩と姫路を結ぶ特急の乗り入れを検討始めたのは、平成192007)年のことです。

阪神と交渉中であることが報道され、平成202008)年には平成222010)年春を目標に山陽電気鉄道にも乗り入れる構想されておりました。
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{今の画像は21000系名古屋駅行特急(甲特急)

ところが、阪神社長の坂井信也は線内の過密ダイヤを理由に早期の近鉄特急乗り入れに難色を示してしまうことになるのです。なぜかといいますと、当時の平成101998)年以降山陽電鉄に直通特急を走らせていて、また、山陽須磨駅と阪神梅田駅の間を走る特急を、運転しているために、環境が整うまでは難しいということを伝えたのです。
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{今の画像は14301439編成+28002808編成青山町駅行急行)}
しかし、実際の近鉄の車両と阪神・山陽の車両の長さの違いから従来の近鉄特急車をそのまま直通させる場合は神戸高速線および山陽電鉄線内のホーム改良や一部区間の建築限界拡張、もしくは直通専用車両の新造を要し、複数の会社線の相互乗り入れとなるため、今後どのような結果となるかは現時点では異なるのが理由なのかもしれません。

名古屋・伊勢志摩 - 神戸三宮・姫路間の直通運転が実現すれば、私鉄の特急としては日本最長の運転区間という可能性はまだ残しております。
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{今の画像は24102425編成+26102613編成大阪上本町駅行急行)}
ただ、今の時点では、三宮駅までの実績を作って、定期列車への足掛かりとする。これによって、定期列車でのシミュレーションをしていく一つの目安かもしれません。
イメージ 7イメージ 8さて、画像は21000系大阪難波駅特急(甲特急)の通過を見届けて、「しまかぜ」君を待つのみです。

ということで、次回「07」も、大和八木駅で撮影を続行します。それでは。