高野山愛の旅 08 壇上伽藍を見ます! 後篇

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」本編から「高野山愛の旅」の8回目ですが、壇上伽藍の後半戦をお送りします。
さて、「伽藍」の中に、なぜか神社…。その理由は昨日もお伝えした通りですが、その神社に行ってみます。
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ここは「御社」という表示がありました。その中身はいったい。
イメージ 2答えは、この建物にあります。これは、「山王院本殿」という建物です。実は、掲載している画像は「山王院本殿」ではなく、「拝殿」です。実は、この2つの建物はセットで建立されております(今の画像に、顔を見えなくして写しているのが「しまかぜ」氏です)。
建立は「山王院本殿」は、大永2(1522)年ですが、「山王院拝殿」は文禄3(1594)年で、ずれは72年です。
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その本殿は、500年の長い年月が過ぎているということになるのです。
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ほかにも建物を紹介していきましょう。この建物は、「不動堂」と呼ばれる建物です。実は、鎌倉時代の建久8(1197)か翌9(1198)年の建立とされており、大会堂に次いで古い寺院建築です。
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これは、「根本大塔」の隣ですが、これは「愛染堂」です。この建物は嘉永元(1848)年に再建されております。もともとは、建武元年(1334年)、後醍醐天皇の綸命(りんめい)によって四海静平(しかいせいへい)、玉体安穏(ぎょくたいあんのん)を祈るために建立されております。
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こちらは、「壇上伽藍」で最古の建立とされております「大会堂」です。鳥羽法王の皇女である五辻斎院(ごつじさいいん)内親王というお方が、父帝の追福のため建立されたのが始まりで、長日不断談義(ふだんだんぎ)の学堂として壇場に移し、蓮華乗院(れんげじょういん)と称するようになったと伝えられております。
詳しく調べてみた結果、再建されたのは、「愛染堂」と同じ嘉永元年でした。そのために、現在「不動堂」が現在の伽藍の中では最も古くなっているとのことです。
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さて、そのまま「壇上伽藍」を撮ってきましたが、時刻はもうすぐお昼。そろそろ、お昼ご飯を食べに行く時間が近づいてきたということで、どこか店にでも入ってみようということになりました。

ということで、次回の「09」は、昼食の時間を使って、今回は紹介できなかった「金剛峰寺」を改めてお届けします。それでは。