高野山愛の旅 09 金剛峰寺を改めて語る。

さて、本日の話題の3本目となる記事は「鉄タビ」本編から「高野山愛の旅」の9回目となります。

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実は、3年前の旅で訪れた話に逆戻りします。7月23日のことですが、私とS氏がたどったのは、高野山で「壇上伽藍」と「金剛峰寺」のみを見て、あとは山を下りていくというルートをたどったのですが…。
イメージ 2その時撮影した画像はこれだけで、あとは原則、撮影禁止のために撮影できなかったことを覚えております。
イメージ 3さて、今回も偶然に「お昼ご飯」となってしまったために、「金剛峰寺」はあきらめることになってしまったのは、残念としか言いようがありませんでした。この後に、「宝物館」を訪れるために、早めにご飯を食べておかなければならなかったのです。
本当を言えば、もっと早く家を出ていると、こうしたことにはならなかったと反省するばかりですが、朝が苦手な二人だから、そこは目をつぶるしかありませんでした。
そのために、昼食をとっている間、「金剛峰寺」について、お話ししていきます。
この「金剛峰寺」とは、高野山を統括する真言宗総本山の寺院で、一昨日と昨日の記事でご紹介しました「壇上伽藍」も、この「金剛峰寺」に所属する伽藍ということになります。
ただ、弘法大師空海上人が、高野山の開山を行ったときは、この寺院がなかったとされております。では、この寺院の創建はいつなのか…。気になりますよね。
弘法大師空海上人が開山してから、200年の年月が過ぎた天承元年、ちなみに戦国時代の天正年間ではなく、西暦は1135年のことですが、鳥羽上皇から勅許を得て送検したのが始まりです。
その後、幾度も再建され、現在ある建物は文禄年間の建物と伝えられております。なお、掲示されている画像は、この「金剛峰寺」に収蔵されている「涅槃図」です。
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まあ、そういうこともあってか、この寺院は、高野山観光のメインといえます。しかし、今回は飛ばすしかありませんでした。
この後に、「宝物館」に出て、そこで展示物を見るのに1時間ほどかかってしまったからです。
イメージ 5まあ、そんなこともありつつ、私と「しまかぜ」氏は、お昼ご飯を食べに、近くの精進料理店に向かいました。
そこで、山菜湯葉丼定食を注文して食べたのですが…。その話は次回「10」に回しましょう。次回は後篇です。それでは。