高野山愛の旅 14 お饅頭をお土産に…。(餅屋から高野山駅に戻る)

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」本編から「高野山愛の旅」の14回になります。
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さて、お饅頭のお店…というよりは、「お麩」のお店「麩善」というお店でした。
実は、寺院群の関係から、「不殺生」の戒めにのっとり、魚肉を一切使わない「精進料理」が発達しました。
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さて、お店はこじんまりとした感じです。それで、先ほど続きとなりますが、「高野山」の精進料理は、山に特化した関係もあったために、豆腐などの関係なども密接です。
その最たるものが、氷豆腐=高野豆腐です。このほかにも、山菜や野菜に手間をかけて出すようになったといいますが、これは、中国から伝わったものとされております。
つまり、「唐」という時代に訪れた弘法大師空海上人が、持ち帰ったものかもしれません。本格的な精進料理を紐解くと、実は12世紀、つまり治承年間(1185年以降)からといわれているそうです。
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(小坊主A)というか、そもそも本格的に精進料理が、取り入れられたのは禅宗が入ってからのころですし、禅宗は栄西上人、道元上人が取り入れたといわれております。

確かに、先ほどのゴマ豆腐も、その一つですね。
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まあ、多くの精進料理のゴマ豆腐とか、お麩の文化が花開いたということになるかもしれません。
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さて、そこから、私と「しまかぜ」氏はお土産を購入後、バスに乗って高野山駅に戻ることになりました。
イメージ 4数分で、いろいろと巡ってきた場所を、後にします。
イメージ 5高野山の警察署も古くてレトロチックです。そのまま、後にして。
イメージ 6桜にも別れを告げます。「高野山、ありがとうございます」といえばいいでしょうか。
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さて、ここからもと来た道を戻るのですが、そこに現れたのが…。
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…「また、お前か!」編成こと、31000系でした。実は、この列車に乗っていくことになるのですが…。その前に、高野山ケーブルを載っていくのですが。
その話は、次回「15」に移します。それでは、次回をお楽しみ。