JR大回り旅 これで120円です。09(草津駅から東海道本線上る 前編)

さて、本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から、「JR大回り旅 これで120円です。」の第9回です。

イメージ 1午後12時45分に、無事に草津駅に到着後、昼食を食べてからすぐ…、なんだかV6の岡田「官兵衛」…、何の事だかと思った方も多いと思いますが、この列車は223系の8両編成のうち、1編成だけに特別なラッピングが施された編成です。実は、このラッピングが先頭の2両に、真ん中を。
イメージ 2
官兵衛の故郷姫路の観光案内が…。そのあとで、5番乗り場に、新快速がやってくるというわけです。
イメージ 3そこに、野洲駅行普通が到着したのですが、221系の改修型で運転されておりました。
イメージ 4貨物列車通り抜けるますが、その画像はなく、ゆっくり時間が流れていきます。
イメージ 5午後1時20分発の近江塩津駅行新快速(後ろの4両は米原駅切り離し)が到着。
早速乗り込みます。これが第4ランナーになります。
イメージ 6
さて、草津駅を出た列車は守山駅、野洲駅、近江八幡駅に停車していくのですが、この路線は、新幹線が完成する昭和39年まで、特急列車や、急行列車が走っていました。
特急では、非電化の時代はC62型蒸気機関車の「つばめ」「はと」が、
クリックすると新しいウィンドウで開きます
(この区間は、石山駅から瀬田駅の間で撮影されたものです)
電化区間となったころの昭和31年ごろには、客車の青大将「つばめ」「はと」などが、
クリックすると新しいウィンドウで開きます走っていたのですが、昭和33年以降は特急電車の時代に代わり、151系電車が登場して、
クリックすると新しいウィンドウで開きます
時代を駆け抜けてきました。
現在は、大阪駅から京都駅の間を「サンダーバード」、名古屋駅から米原駅の間を「しらさぎ」、さらに東京駅から熱海駅までを「踊り子」が結び、通して運転する列車は、新幹線に任せているという現状です。
イメージ 7(N700)ヤッホー!!! とっととのってけ!!!

まあ、こんな感じですが…。そのことは置いといて。
イメージ 8現在は近郊型車両が、西に東に忙しく駆け巡るという運用が一般的です。実は米原駅から「琵琶湖ライナー」という快速列車が朝方の下り列車で走っているようです。
イメージ 9しかし、草津駅を出てからというもの、実は大阪から遠ざかるほど、このような風景が広がり始めるというわけです。イメージ 10対抗から来たのが、大阪方面網干駅下りの普通。先ほどの野洲駅行の221系と同じ型の改修車両が、運用についております。
イメージ 11さて、近江八幡市が見えてきました。この近江八幡市は近江商人の一大拠点となった都市で、ほかにも五個荘町なども有名です。ところで、この近江八幡で有名なのは「近江兄弟社(甲子園でも登場してくださった高校の大本)」と「ふとん西川」です。
実は、この場所の一帯は、葦が群生していることで有名で、畳表の材料として用いました。この畳表を江戸で販売するという手法を取ったのが、「ふとん西川」だったのです。理由は、一大消費都市江戸に大型店舗を設けることで、畳表などを配送できるセンター的な役割を持たせたという戦略があったからとされております。
それに、近江商人はほかの在郷商人に比べ、地元から品物を担ぎ、行商として売りさばくというスタイルをしており、「三方よし」という言葉の通り「社会、地域{お客さん}、人{お客さん}」に対して誠実であるべきだという考え方に基づいて、商いを行っていたといわれております。
考えてみれば、私が大学の学生の頃に調べた資料でも(実際に近江八幡まで行きました)、その話がくわしく乗っていたことを覚えております。
イメージ 12
まだ、新快速は、東に向かって走っていきます。次回「10」では、近江八幡駅から安土を経て、米原駅を目指します。それでは。