近代化遺産と山本覚馬達の功績を巡る旅 01

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」からですがタイトルが「近代化遺産と山本覚馬達の功績を巡る旅」として書かせていただきます。それでは、始めましょう。

8月14日のことですが、私は、S氏とともに、『八重の桜』で重大ない影響を残した新島(旧姓山本)八重の兄、山本覚馬が維新以後の時代にどう世の中を見てきたのかそれについての足跡を訪ねるために、京都に向かいました。
イメージ 1
イメージ 2
まず、中百舌鳥駅まで、7000系7503編成で編成された各停に乗りこむと、そこから、
イメージ 3
南海電鉄の6300系6313編成の南海難波駅行の各停に乗って、堺東駅にて乗り換え。イメージ 4
丁度、林間田園都市駅行急行(6000系付属編成重連に6200系6505編成)が、出発していくところでした。
イメージ 5
そこに、6000系4両ですが、これも付属編成で編成、後ろがなんと4連インバーターの6200系6505編成。
イメージ 6
河内長野駅行区間急行を担当しておりました。
イメージ 7
そして、後を追いかけてきた1000系1002編成と1032編成(?)の南海難波駅行準急が到着。この列車で南海難波駅を目指します。イメージ 8
イメージ 9イメージ 10
ここからは3枚連続ですが、なんと南海22000系のテツコレが限定で復活下という広告です。あとで天空セットなどを見に南海難波駅に立ち寄ったのですが、天空は売れ切れという状況でした(1か月前から)。

ということで、以上がプロローグです。それでは。南海難波駅に向かいます。