近鉄団体車両撮影ツアー 04

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」から「近鉄団体車両撮影ツアー」の第4回です。では出発しましょう。

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さて、私の乗った名張駅行急行に乗り込んでいたのですが、大和八木駅に停車中でした。
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さて、大和八木駅から桜井駅に向かいます。列車は軽快に大和盆地を走り出しました。
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大福駅付近で大阪上本町駅行急行が通過していき、そのまま列車は、桜井駅へ向かいました。桜井駅には午前11時50分頃に到着。
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そこで22600系を先頭にした大阪難波駅行特急(乙特急)が通過。それを捉えました。

ここで、一旦解説に移ることにします。実は改めてこのブログを拝見されておりますお客様向けの解説となるのですが、「以前から知っております」というお方につきましてはスルーしてくださいますようお願いします。

実は、近鉄大阪線の路線はこの桜井駅で、建設した会社の名前が異なるとされております。これはいったいどういうことなのか、この路線が全通したころにまでさかのぼってみます。
近畿日本鉄道の発祥となる大阪電気軌道株式会社にとって、奈良県内を走る奈良線(当時は大阪上本町駅から布施駅経由で、奈良駅に向かう路線)と、橿原線を運用する路線が営業しているだけでした。
ちなみに、橿原線筒井駅と平端駅との間に位置する地点に、建設の碑というのが立っております。
イメージ 5しかし、奈良市からだいぶ離れた大和盆地中央部より、東に抜けて伊勢方面に向かうというのは、落語の「東の旅(正式名称は伊勢参宮神乃賑{読みはいせさんぐうかみのにぎわい)」に出てくるように、伊勢参りが昔から盛んであった事を考えると成り行きとして自然であり、平安中期からの長谷詣で有名な長谷寺参拝、さらに女人高野と呼ばれた室生寺など、数多くの寺社が並んでいることを考えると、路線を建設して在阪の顧客を参詣させるルートとしては、利便性も高くかつ、目玉の路線となると考えたのか、大阪の布施駅から、河内山本駅を経て、恩智駅までの区間が、奈良線開業から11年後の大正14(1925)年に開通、当時は終着駅の名前を取って「恩智線」と名乗りました。同時に、大阪対飛鳥地方の短絡ルートという形で、奈良県側からも線路の敷設がなされ、大和高田駅と大和八木駅の区間が7か月前に開通しておりました。両方をつなぐ形で、昭和2(1927)年7月に恩智駅と大和高田駅を結ぶ区間を開通させたのですが、
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世間では、当時の大蔵大臣の「渡辺銀行破たん失言問題」に端を発した金融恐慌による混乱が起こるという時代でもありました。そんな中、大阪電気軌道は、伊勢参りを加速させるための路線建設を急ぐことにしたのかもしれません。
そして、昭和4(1929)年正月に桜井駅まで開通させたのですが、その年の10月に世界史に残る大不況、通称「ブラックサーズデイ」と呼ばれた世界恐慌が発生して、世界規模の大混乱が日本を襲って行きます。
そのまっただ中の昭和5(1930)年に伊勢側の松坂駅と宮町駅間の開業を皮切りに最終的には、大阪線の榊原温泉口駅までが11月にまで開通。大阪側からも、桜井駅から徐々に延長して、昭和4年10月に長谷寺駅、さらに昭和5年10月までに美旗駅までが開通。11月には青山町駅(今回の目的地)まで開通したのです。
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ところが、そこからが問題でした。この青山町駅からは長い青山峠が待っておりました。おそらく当時のお蔭参りのルートが、野辺(天理周辺から)、三本松(現在の三本松駅の近く、「伊勢参宮神乃賑」では鯉津栄之助(こいつええのすけ)の舞台)を経て行くので、まさに青山峠を越えていたことが考えられるのですが、「伊勢参宮神乃賑」ではその場所をすっ飛ばして、いきなり明星(山田線)まで行くというくだりになっております(該当箇所は三人旅浮之尼買)。
その青山峠を、どう越えるのかと頭を抱えたのが、大阪電気軌道と桜井駅からの区間を任された参宮急行鉄道株式会社の首脳陣です。
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そして、出した答えが、地形に沿うのではなく、トンネルを掘って一気に坂を駆け上るという手段でした。これによって昭和5年の暮れとなる12月20日、わずか二駅を開業するのに時間をかけてようやく、大阪線が全通。これによって、大阪上本町駅と布施駅区間(実際には「恩智線」の開業の時点で)が奈良線から切り離され、大阪上本町駅から、伊勢中川駅までが大阪線、布施駅から奈良駅間が奈良線となります。
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さて、その歴史ある路線にはまだまだ何かがありますが、その前に私を乗せた名張駅行急行は無事名張駅に到着。
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後ろ姿は1420系1427編成でそのまま、車庫に引き上げていき、そのまま列車を待つことになりました。

解説に戻りますが、この直後となる昭和6年に、山田駅が伊勢神宮外宮に移り、宇治山田駅となると、山田駅はそのままとなりました。
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そして、そこに12200系と後ろが22000系の大阪上本町駅先発の鳥羽駅行特急(乙特急)が到着、
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(昨年11月30日に河内国分駅で撮影、このときは12600系と22600系の百六コンビでした)
ここから、伊勢中川駅行普通で、青山町駅を目指します。それでは。

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