近鉄団体車両撮影ツアー 08

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」から「近鉄団体車両撮影ツアー」の第8回です。昨日は、特急運用のはざまで揺れた10100系について解説してみました。本日はわき役に徹し、その後、主役としても活躍した初代エースカーこと10400系、11400系を取り上げます。

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イメージ 2さて、この2611編成と9051編成の宇治山田駅行急行に、私のFacebookの書き込みで乗っていたお方がいました。T氏と頭文字では記載したいのですが、画像から500T氏(理由は500系新幹線の写真がトレードマークなので)としてみようと思います。
その500T氏がやってくる時に進むのですが、
その合間に、解説に入らせてください。
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さて、この時代に10100系に旧型車両の部類に入りかけていた2200系列(一部は、特急運用から外れていた車両もあります)から、2250系などで頑張ったのですが、やはり急行車両の特急運用は無理があったと考え、特急車両の置き換えを考えるようになります。
10400系を試作で4両編成、2本が落成させて対応させることになります。今あげているのは、その量産後継車両となる11400系です。ではなぜ「エース」と呼ばれたのか、その理由をこの画像でご紹介しましょう。
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この画像は、その証拠ですが、10400系、11400系は当初から2両1ユニットで、運用することもできたのです。その発想は、
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実は22600系にも受け継がれていくのですが、こういう発想が生まれたのは、いったいなぜなのでしょうか。
実は、その前に、10100系で試験的に、貫通扉を装備した車両が出ていたことが背景にあります。それが10100系C編成です。これの長さを20mにして輸送力増強を狙った車両こそ、10400系だったのです。
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しかし、エースという意味はどういうことか、その意味は「なんでも連結できる」、「どんな運用でも使用は可能」という答えが込められておりました。
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この画像からもわかる通り、この後ろにいるのが、30000系ビスタカーです。
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(Kt30205F)つまり、僕も20年ほどお付き合いしたのですが、特急運用では、大型ヘッドマークを堂々と掲げた車両もいれば、
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この画像のような車両もいました。つまり、どの車両でも使うことができるタイプでもあったわけで、私だけでなく、12200系先輩なども対応可能でした。12400系先輩や、12410系君、12600系君はもとより、22000系君や、22600系君でも理論上で連結はできるということでした。

そうですよね。確かに、特急列車運用ならどの車両とも組むことができるというのはかなり画期的だったのかもしれません。
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そういったメリットがあったからこそ、甲特急、乙特急に力を入れることができたというわけです。実はそれを今に当てはめてみると、22000系と22600系の役割が、これに当たります。
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10400系はそういう試験的な、考え方から製造車両総数が8両、11400系は製造車両総数が60両となりました。ちなみに、ク11520型はスナックカーと同じ顔で製造された異端児で、11521Fと11522Fの2編成は、エースとスナックの顔を両端に配置した状態で晩年まで走っていたとされております。
これらの車両も昭和を走り抜けて平成まで走り、初期車両の10400系は、平成2(1990)年に引退、中後期に当たる11400系は後を追うように平成5(1993)年から平成7(1995)年までに引退しました。
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(Kt30205F)それから、一つ忘れていたのですが、実は昔、京阪電鉄と同じように、近鉄特急でテレビカーを導入しようとしたことがあるのですよ。実は、10100系先輩の10103編成で試験を行っておりました。しかし、ご存知の通り山間部は電波が悪いから、結局導入できなかったのです。

そのために、ビスタカーの関係を考えると、このビスタの看板だけでは食っていけないと判断した近鉄首脳陣は、別の路線を検討し始めます。解説では、その点で一体どういうことが起こったのかを、話していきます。

次回「09」では、その解説と別の撮影現場に移動していきます。それでは。

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