近鉄団体車両撮影ツアー 13

本日の話題の正式には2本目、実質的には3本目となる記事ですが、「鉄タビ」から「近鉄団体車両撮影ツアー」の第13回です。実はFacebookに昨日の投稿をしたのですが、エラーを吐いてしまいTwitterからのフォローのみとなりました。

さて、あいさつは、ほどほどにしまして、撮影の話に行きます。天候も回復して、青山町駅から東に少し行った青山町駅第2踏切です。
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実は、この画像で言いますとわかりにくいのですが、奥に民家があるのが分かるかと思います(特徴的な石垣と立派な屋根が見える民家{おそらく庄屋の関係がある旧家といわれる感じがする建物です})、その場所の少し奥に道があるのですが、そこまで歩くというわけです。

解説もついに、その大阪と伊勢間を結ぶ特急車両の世代交代についてお話しします。昭和34年のデビュー以来、20年の年月が経っていた10100系も経年老朽化に悩まされるようになり、その中で、標準軌規格汎用特急専用車両アコモデーション改修型となる12400系が登場させて、試験を行っておりました。
そのころの世の中の流れは、大量輸送時代からゆとりトレジャーを求める時代に変化をし始めた時代でもあったといわれております。そこで、最初に構想していたハイデッカーデザインの変更を余儀なくされます。
なぜかというと、理由は2点、1点目は、先頭車両をハイデッカーデザインにしても、普通の車両と高さなどは変わらないという点が露呈したためであり、無意味だったことから、却下されただけでなく、2点目で、ビスタカーは3両編成の収容人数が確保できたものの、乙特急での運用では、乗降時間を長くとるうえに、先頭車両に種類があることから、運用が限定されてしまう。これからを考えると1編成の収容人数を増やし、編成数をなるべく抑えるのが得策ではないかと考えが働き、12400系に続く特急車両として、世に送り出されたのが、今の「ビスタカーEX」の元となったこの車両でした。
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(Kanon鉄道局様より平成7年撮影)
標準軌規格汎用特急専用車両対伊勢観光特急特化型30000系ビスタカー3世。カテゴリーと肩書はこういったものになるでしょうか、
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(Kt30203F)うわー、懐かしい。改造される前の姿だ。良く残しておりましたね。

いえいえ、私は、父親の運転する車から見た上に、実際に乗ったことがありますよ。
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(Kt30203F)えっ! そうでしたか…。
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(Kt12234F)ちなみに、私の昔の画像もあるわけでしょ?

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はいはい、こちらですね。解説に戻りますがいいですか。
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(Kt30203F)はい。
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(Kt12234F)お邪魔しました。

それで、3代目ビスタカーが登場してからというのもあったのですが、10100系は徐々に引退していくことになりました。
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(Kt12234F)ところが、熱烈なファンのお願いで、一気に導入するはずが、30000系君は徐々に就役するという状態となったのだよ。それが、10100系の勇士を最後まで見たいという要望に応えて、今まで行われていなかったA+C+Bの3重連をお願いをやってのけたのだよ。

イメージ 8実は、このときに近鉄首脳陣はファンサービスのため、10100系のA+C+B編成による「さよなら運転」豪華列車を仕立て、大阪上本町駅と鳥羽駅間を走る乙特急、名古屋駅と鳥羽駅間を走る乙特急に充てることを決断します。これにより、昭和53(1978)年に就役した30000系は先行した7編成28両でやりくりすることになります。なお「さよなら運転」となった10100系の運転期間は1年、その間に、30208編成以降の5編成の製造を行うわけです。
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(Kt30203F)まあ、花道を飾らせたいという思いがあったのかもしれません。私もこの当時、先輩と一緒に仕事ができたのは、本当に光栄でした。下手したら、石を投げられたかもしれません。
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(Kt12234F)確かに、君は板挟みになっていたよね。先輩の仕事をうばっていいのかなと。
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(Kt30203F)でも、それがあったからこそ、あの時の経験を後輩たちにアドバイスしたのですから。

実際に、名古屋線の運転は昭和54(1979)年夏まで続き、完全引退となるのは昭和55(1980)年に至ってからです。その床下機器を30000系の30204編成から30211編成までと30214編成が受け継ぎますが、30201編成から30203編成までと30212,30213,30215編成は、床下機器を新たに作って運用するというハイブリッド型だったわけです。
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(Kt12234F)さらに、余談で僕たちに話にも触れるけど、12200系は平成12(2000)年以降引退が続き、その床下機器類が30204編成から30211編成と30214編成の床下更新工事に流用されている。これは、以前の床下機器が10100系先輩のでは古くなりすぎてしまい、手術ということもやむを得なかったからといわれていた。

また、床下機器を使用した車両は、近鉄2000系通勤電車があり、
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「つどい」に使われている2013系もその一人ということになるわけです。
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(Kt12234F)まあ、通勤車両で種が名車というオチは、2000系以外にも10000系先輩で触れた2680系、今回の2000系、2200系では触れていなかったけど、その種を使って改造された1000系といった具合に、数々の副産物を生みだしてきている。

ほかの鉄道会社の例でも、京成電鉄のスカイライナー用AE系をもとにした3400系の例がありますし、他には、南海電鉄の22000系が逆転例で、31000系特急車に仕立て上げるということをやってのけたりした例があるくらいですから、珍しいことではない話です。特に、大手民鉄でも、こういった改造車両の例は、巷にごろごろ転がっているというのが本当のところです。
むしろ、特定の会社で運用されていた車両を、地方鉄道会社に払下げるのが当たり前となった時代に、大手私鉄同志で車両の売買が行われた例もあるくらいですから。
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(Kt30203F)それより、12234先輩。こんな動画を見つけたのですが。僕も写っているものもありますね。

これですね。「大阪、伊勢、奈良」。
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(Kt12234F)ちょ、ちょ、ちょと、写りすぎでしょ。これは、どうしてこういったものが…。

さて、続きを話します。二人のごたごたは置いといて、この間に12200系以外の車両の動向をお話しします。実は、昭和53年以降、10400系などのエースカー系列は老朽化した10100系に続いて、老朽化が進んでいた車両だったことから、昭和50年代に入って改修が行われるようになっていきます。
イメージ 7まるでΧ印が、ヘッドマークのように変わりました。これは18200系と同じ前面となりました。

その後、近鉄は名阪特急の復活に向けて動き出すのですが、その話はまだ先です。ということで、まだ行くことはできませんでしたが、今後も画像を使います。ということで、次回「14」は、「近鉄都市間特急完全復活」の先鞭となった12410系と、その増備車両となる12600系、さらに撮影では、あの踏切の話をして行きます。それでは。

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