近鉄団体車両撮影ツアー 14

本日の話題の2本目は、好評をいただいております「鉄タビ」から「近鉄団体車両撮影ツアー」の第14回、
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駅を離れて少し、東に入ったところに、小さな踏切があり、そこからの撮影です。実は昨日にご紹介した動画ですが、この動画が撮影された場所は、この踏切と考えられます。
そこで、
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それでは、そこまで行ってから撮影を開始したいのですが、解説をしなければなりませんね。

さて、昭和53(1978)年の伊勢特急に、30000系ビスタカーを登場させた後、伊勢特急の充実を図ることができたのですが、12400系なども入れて、テコ入れを図っておりました。
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一方、名阪特急では、乙特急は何とか好調であったものの、甲特急が低迷していた頃でもありました。しかし、その3年前の昭和50(1975)年に転機が訪れます。
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ライバルであった東海道新幹線を含め、国鉄の料金形態が、財政事情の悪化から、値上げとなり、その年の11月(ちなみに、私が生まれる7年前)に国鉄線の大ストライキといわれた「スト権スト」が敢行され、国鉄全線は数日間機能不全に陥る事態が起こります。
近鉄首脳陣も「スト権スト」を見ながらも、名阪甲特急には、その乗客需要は増えてこない可能性があるのではないかとしつつ、様子見の状態としておりました。しかし、国鉄の債務超過が続くという状況が伝えられる中で、名阪甲特急の乗客奪還のプロジェクトが発動したのです。そして、その結果によって昭和55(1980)年に出来上がった車両が、
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標準軌規格汎用特急専用アコモデーション改修2式都市間特急対応車両12410系サニーカー2型です。
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(Kt30208F)そういえば、この車両から変わったのが、実は、顔つきが私と同じになったこと、それは12400さんの話で、話したことだけど、この車両から私と同じ前面デザインになったのです。

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確かに見てみるとそうですよね。アコモデーション大改造をしなかった30000系も、
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この姿ですよね。
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(Kt30208F)ええ、もう一つ、異なっていたのは、トイレの位置ですが、この位置が少し変わってしまったのですよ。

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イメージ 4今までの12200系、12400系では、サニタリの機能が付随車両と、制御車両にトイレと洗面台を設置するということを行っておりました。これが、現実的だったからということになります。
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(Kt30208F)ところが、私の時からダブルデッカーの付随車両は、トイレがつけられなくなってしまいました。その救済措置として、モーターを付けていた先頭の制御電動車両にトイレを設置していました。それが踏襲されることになります。

登場時に3両編成だった12410系は、トイレなどの設備を制御電動車、電動車両に集中させることになるのです。
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つまり、制御車両と付随車両は、悪言い方をしてしまうと「ただ、座るだけ」ということになるわけです。
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(Kt30208F)つまり、「座るだけ」というのは、言い過ぎですが、車内販売室はモ12460型の中に収められているので、何もしなくてもいい形になっていたのです。

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そののち、12410系最終編成となる12415編成により、4両固定編成を登場させると今までの3両編成で生産されていた12411編成から12414編成も同時に4両固定編成に変更した上で、12415編成はこののちに、当面の間は2個のパンタグラフを制御電動車両と電動車両に組み込んでいましたが、編成の共通化を促すために、制御電動車両の大阪側と、電動車両の名古屋側のパンタグラフを撤去して、共通化します。

その後、この画像の通りに12410系の11編成から14編成はLED幕化、15編成は幕式のまま赤幕を採用するということになり、現在も活躍しております。
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(Kt30208F)それから、12400系さんについても一言、実は、全編成がLED幕化されており、さらに私たちの30000系にもフルカラー式LEDが採用されています。LED幕は、撮影者側を泣かせておりますよね。

その通りですね。LED幕は…撮影者泣かせで、シャッタースピードをどうするのかで一苦労ですよ。ということで、次回「15」では、同時期に産声を上げた12600系と、21000系についての解説をメインにしてみます。ちなみに21000系は前篇と「16」の後編を出します。ちなみに前篇では、導入部分についてお話しします。

ということで、次回をお楽しみください。

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