近鉄団体車両撮影ツアー 17

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」から「近鉄団体車両撮影ツアー」の第17回、というものの、この記事に限って、実はエラーを吐くなんてことが数度起こっており、少し心配になってきました。そんなことにならないことを祈りつつ、では始めましょう。

さて、私と500T氏の二人はまだ、青山町駅第2踏切で撮影中でした。
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名古屋駅行特急(甲特急)が通過して行ったあと、西行の大阪難波駅行特急(甲特急)が通過するまで時間がありました。
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すぐに北側に回り込んでみましたが、まだ列車きませんね。ということで、解説に移ります。
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名阪甲特急の復権を、果たすために投入された21000系、21000系の3編成がついた運用は大阪難波駅が朝と午後の3時間ずつ、名古屋駅がお昼前と夜の3時間ずつと、きわめて極端な運用となっていたことは、前回「16」の記事でご紹介しました。その理由は、21000系自体の車両数が少なかったこともあったのですが、12200系でも製造から古い車両で20年しかたっていなかったこと、直近の12600系でも製造からわずか4年だったことから、運用に耐えられると判断していたからです。
また、主役の座にいた30000系ビスタカーも、名阪甲特急の一部をになっているという構造でした。
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(Kt12237F)確かに、21000系が就役するまでの臨時措置が背景にあり、その点で、私たちが運用を担っていたのだよ。

その通りで、12200系以下合計6系列で、何とか走っていたのですが、ところが、21000系の登場で思わぬ車両が離脱を余儀なくされたのです。それが、2種類いたのです。
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一つは、10400系ですが、もう1形式が11400系となります。
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(もっちんさんの鉄分補給ブログから拝借しました)
11400系の離脱を宣告することになってしまったのです。その10400系はアーバンライナーの登場により2編成が丸ごと引退します。しかし、11400系も登場時から30年が経過し、老朽化が進行してきたのです。これは、
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10100系から30000系への交代のケースと似たような関係です。しかし、世の中では、バブル経済が崩壊し、スピードを求めていることを考えれば、「エースカー」系列は時代に合いにくくなっているといった不安要素も排除できないということから、新型系列を作ることになります。しかし、当分の間に、甲特急運用を行っている一般車両を、老朽化する11400系の代替わりにするために、21000系を量産させ、平成2(1990)年に名阪甲特急運用の置き換えを完了させました。ただ、11400系もいつまで走っているかわからないということを考えると、新型車両の生産は急務となってきたのです。
新型車両の生産に関しては、コンセプトを5つ提示します。一つは、近鉄特急の主力となる車両とすること(つまり、外見、居住性を拡張した形)、二つは既存の特急車両との併結が可能であること(つまり、今まで特急列車と併結できない系列を生み出してしまった反省を踏まえて)、三つは将来のスピードアップを考え営業最高時速130キロを前提にした車両(なぜなら、スピードを上げることが当時の鉄道最大目標だった)とすること、四つはメンテナンスがしやすいということ(これは10100系が連接台車構造だったことから、メンテナンスがしにくかったことがある)、五つは、乗務員の扱いやすい車両とすること(先代の11400系は、非常に扱いやすかったことが背景にあった)、これを目標としてこの車両が開発されていきます。それが、平成4(1992)年登場の、
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標準軌規格汎用特急専用次世代更新型22000系「ACE」です。実は、この車両が近鉄で初のVVVFインバーター制御装置搭載特急専用車両でした。
では、少々より道話となりますが、時間を昭和59年まで戻して、VVVF車両の系譜を紐解いていきます。
日本を見渡してVVVF制御装置を初めて組み込んだ車両が開発されていくのは昭和57(1982)年の熊本市交通局で運転されている8200型電車が初となり、路面電車がその大本となってきました。
これを皮切りに、東では東京急行電鉄株式会社が世に送り出した6000系電車(昭和35年製造ステンレス車両B編成)に使用され、近鉄では1250系、つまり、
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現在の1420系1421編成が最初といわれております。
その後、大阪市営交通の20系(旧20系)がこれに続き、西武鉄道8500系(山口線{新交通システム型})などを経てGTOーVVVFの流れとなるわけです。
近鉄では、京都線と京都市営地下鉄乗り入れ3200系で、量産を開始。6400系から共通車体と同時に、三菱製を1420系系列で固めると、日立製を1220系列にして追加、4両編成や6両編成には、三菱製が1620系、日立製が1020系、1026系が担当するといった試行錯誤が続き、5800系では三菱製の技術が用いられるようになります。
その中で、22000系は特急車両としての挑戦を見事に体現して見せた車両でもあったわけです。
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(Kt12237F)しかし、考えてみると、技術の向上が大きな力となったのは事実であり、現在のVVVFはGTOからIGBTになって言った時代でもあるわけで、22000系と同じ顔をしておきながらも、南大阪線で活躍する16400系は最初からIGBTで活躍した異端児でもあったわけだよ。でも、今にしてみればIGBTがVVVFの主力をなしていることを忘れてはならないし、むしろ抵抗制御の車両たちが頑張っていると記事で、書かれるほど私も幸せ者かもしれませんね。
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(Kt22104F)先輩もそんなこと言わんといてくださいよ。僕たちだけではさみしくなってしまうではないですか…。
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(Kt12237F)いやいや、実際に最高時速130キロに対応させるとしたら、私は足手まといになるだけだよ。気にしないでくれ。

それはそうと、15200系や、15400系としての活躍の場は与えられるかもしれませんね。
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(Kt12237F)需要があればの話だがね。

そんなことから、11400系は天寿を全うし、平成9(1997)年に引退していきます。これで、名阪と汎用特急専用車両の需要を確保したのですが、登場から15年もたつ30000系ビスタカーの激務を肩代わりさせる車両が必要になってくると同時に、伊勢方面甲特急に使用する車両を登場させるという、決断を近鉄首脳陣は行っていきます。
理由を述べると2つあります。一つは、22000系登場の翌年が式年遷宮であること、二つは、式年遷宮の翌年にテーマパークを志摩の鵜方駅近くにオープンさせることなどがあったために、その車両の登場は式年遷宮の翌年、平成6(1994)年にずれこんでしまいます。その列車とはいったい…。
次回「18」は、そのテーマパークの開園と同時に登場した異国を思わせる斬新な特急車両、今ではそれぞれに…という車両を解説していきます。それでは。

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