近鉄団体車両撮影ツアー 23

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」から「近鉄団体車両撮影ツアー」の第23回です。
さて、解説は終了したのですが、撮影はまだまだ続いておりました。

イメージ 1
結局、撮影に関しての記述があまりなかったために、その部分から開始します。実は、22000系が青山町駅がホームに入線し、青山町駅2番乗り場に入ったのを確認してから、私と500T氏は、構内に入ります。
イメージ 2
その前に、「かぎろひ」さんが伊勢方面に向かって出発。おそらく明星車庫をホームとしていることから、明星車庫に帰還する車両だったと思います。
イメージ 3
早速ホームで撮影ができたところで、その車両を見送り、
イメージ 4
そこから、追いかけるのですが、その前に、通過列車が2本いることが分かり、待機します。
イメージ 5
まず大阪難波駅行名阪特急(甲特急)が通過。21020系アーバンネクストが運用を担当していました。
イメージ 6
イメージ 7
続いては、大阪上本町駅行特急(乙特急)が通過。22000系「ACE」と30000系「ビスタEX」が運用に入っています。さて、普通列車が出発かと思ったら…、
イメージ 8
通過列車がもう1本。
イメージ 9
なんと、大阪難波駅午後5時20分着に充当されている23000系「伊勢志摩ライナー」の特急(甲特急)が通過。出発までまだ時間がかかります。

その間にこんな話をしておきます。実は、大阪線にいた特急車両のうち、縁の下の力持ちだった2200系、実は、その2200系については解説第1回、つまり、第5回からの話です。実際に、2200系は、大阪線特急車両として戦前から活躍しておりました。それでも、急行車両として走らせるには少し、難しい。しかも、通勤客が多くなれば、その分通勤扉の増設を考えることも必要になる。
イメージ 10
この画像では、わかりにくいのですが、実質上2扉だった車両を、
イメージ 11
イメージ 12
このような形で3扉に改造した車両が増えたわけです。
最晩年は、床下が1000系で生き残り、昭和58年まで使用されていたそうです。最晩年はスカートを装着した車両もいたそうです。まあ、大阪線に愛着のあるお方は、ほかのSNSサイトでアップロードされていると思います。

ということで、まだ、私たちは、青山町駅を出発しません。ということで、次回「24」は「鉄タビ」編では最後の記事とさせていただきます。以降25回は、座談会方式にして「伊賀・赤目・室生ラッピング」ツアーの話をさせていただきます。
それでは。

NEXT>24(「鉄タビ」ラスト記事ヘ)