新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 03-3 「安保と憲法で揺れた時代」

本日の話題の2本目は、「歴史もの」から新シリーズ「平和と戦争の間で揺れた日本」の通算第8回となります。

というのも、通算の第7回でふと疑問を感じたことがある方も、いらっしゃるのではないでしょうか…。この時に、戦争状態になっていた大韓民国と、朝鮮民主主義人民共和国は、昭和26年当時は、戦争中であるため、この会議には入ることができなかったのです。
実は、これと関わっているのが、現在の「日韓問題」などに関わってきます。主な要素は、3点、

1.領土問題の規定による文言に、竹島を含まなかったこと(現在の「竹島問題{正式には『竹島帰属問題』}」)
2.戦前に生じた問題、賠償請求問題はこれを放棄する。または、個々に交渉をすること(一例「従軍慰安婦問題」)
3.元々、大統領との首脳会談が実現できなかったことから、この会議後14年間、国交、平和条約が結べない状況となっていた。

ということです。
一つ目の「竹島帰属問題」は、日本の隣国との付き合いの中で、常々取り上げ荒れていくことになる問題ですが、「従軍慰安婦問題」も常に出てくる話題の一つといわれております。

しかも、朝鮮民主主義人民共和国とは、賠償問題の「サンフランシスコ講和条約」を無視して、高額の賠償金を求めてくるというのも、この2国が戦争の影響により、「サンフランシスコ講和会議」に参加できなかった影響が出てきたといえるのかもしれません。

ところで、昭和26年の条約締結から、1年後の昭和27(1952)年4月から「サンフランシスコ平和条約」が、発効した直後から日本国内では、「日本国憲法」の改正を議論しようとする動きが出てきました。
このシリーズの第1回で述べたのですが、「日本国憲法」が公布されたのが昭和21年11月、この時に、アメリカ合衆国を首班とする「GHQ」が草案を取りまとめるために、日本国の法律家を中心にして、「憲法」草案の起草を指示したのですが、実際の案では「大日本帝国憲法」の色が濃い案が出来上がってしまい、「GHQ」の独自案を示して解決するという事態となっていきました。
これに関して、保守勢力の改憲派が「押し付けられた憲法」という論理を主張しておりますが、ある文献を参考にしていたことです。それは、「私擬憲法」と呼ばれる憲法案を参考にしていたそうです。
そのために、この論理を当てはめることができません。
しかし、そんな中で、憲法を改正したいと考えていた「改憲派」は、動こうとします。これに対して、国民はどう思っていたのでしょうか…。
「サンフランシスコ平和条約」発効一月後の5月、メーデーの開催時に「改憲」反対を叫ぶデモ隊が、突入して大乱闘となってしまう事件が起きます。これが「メーデー事件」、または「血のメーデー」と呼ばれる出来事です。
デモ隊は、「日本国憲法」の改正には反対の立場でした。国民は平和と安定を求めていたのですが、それに対して「憲法改正」論議の開始を主張する勢力は、まだわずかで、当時の状況を『芦田均日記』(刊行は昭和61年)で知られる芦田均氏は、昭和27年12月24日の条で、「今の状況では、『憲法改正』に関する議論は難しい」と述べております。
そんな状況下では、改正は難しいと考えるようになってきました。

実は、芦田均氏以外にも、このような「憲法改正」を考えてきている人たちはいました。
その一人は、民主党の初代首相となった鳩山由紀夫氏の祖父、鳩山一郎氏です。
それにつきましては、また、次回でお話しします。さて、実はこの年、「憲法記念日」の記念式典が、この翌年となる昭和28(1953)年に中止となっていきます。
実は、吉田茂氏の率いていた自由党は、この時点で「憲法改正」への方針にかじを切ろうとしておりました。

そして、昭和28年以降、再軍備への道を作るようにかじを切っていくということを意味しており、それが「憲法違反」ではないかという声が、徐々に上がってくるということにもなるのです。
これを現代に置換えてみます。これを考えてみると、昨年の『憲法9条解釈論争』がこれに当たります。実は内閣府閣議で、「憲法9条」の解釈を変更し、「集団的自衛権」を行使できるという見解を、安倍内閣総理大臣は述べました。
これは、「サンフランシスコ平和条約」の条鋼に、書かれている条文を根拠にしております。

「第5条(C):連合国は、日本が主権国として国連憲章第51条に掲げる個別的自衛権または集団的自衛権を有すること、日本が集団的安全保障取極を自発的に締結できることを承認

この条項を根拠に、日本は「サンフランシスコ平和条約」の本来の形に戻ろうとしているのです。同時に、それは、「日本国憲法」の改正も視野に入れた法整備と考えることができます。
昨年ノーベル平和賞に私たち日本国民がノミネートされたのは、ニュースでご存知の方がいると思いますが、これが「今崩れようとしている」と警鐘を鳴らす方もいらっしゃいます。
ただ、近隣諸国の状況が不安定化している中で、やむなしとする意見もあり、どちらが正しいのかは難しいです。
私は、お互いの国々の国民が理解しあうことこそが、不安定な状況を救う鍵であるといえます。それは民間による地道な交流の中でしか、生まれないといえるかもしれないと私は考えております。

「武力に頼るな!」というのが、私の考えです。

ということで、次回は、日本の「国連加盟問題」について、お話しします。番号は、「03-4」です。それでは。