新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 03-7「安保と憲法で揺れた時代」

本日の話題の2本目は、「歴史もの」から新シリーズの第11回、さて、実際に平和運動も高まって行ったのですが、実は、政治の世界でも大きなうねりが起ころうとしておりました。その前に、世界の状況を少しご説明します。

まず、東南アジアの諸国の中で、有名な「インドシナ戦争(第一次)」が、昭和21年から始まっておりました。
なんと、この年に昭和29年8月に終戦となります。海洋史上最大の事故「洞爺丸事故」が起こったのもこのころですが、6月に中華人民共和国と英国の国交が樹立することになります。
ところで、前回も最後にお話ししたのですが、この年の3月に「第5福竜丸事件」が起こっていた事もあり、「平和」また、「反核」を訴える運動が盛り上がりを見せてきたのです。
その中で、基地に関しての問題もこの時期から、徐々に起こっておりました。石川県内灘村で起きた「内灘事件」が、そのはじめとなります。国内で基地問題が、起こっいき、さらに「憲法改正」の運動が徐々に、盛り上がりを見せていく中で、政治についてはどうなっていったのか…。
強引に、自衛隊法を成立させていったのですが、長期政権の中で、汚職事件なども起き、かつて公職追放され、解かれた鳩山一郎氏に首班を担ってほしいという要請が出たことから、昭和29(1954)年12月7日、総辞職することで決着し、6年もの長きにわたる。長期政権に終止符が打たれます。
実は、この吉田内閣で、国務大臣を務めた人物の中には、首相となる人物が二人含まれておりました。一人は、東京オリンピックを開催させた池田隼人氏、もうひとりは、戦後最長の8年にわたり内閣総理大臣を務めた佐藤栄作氏です。
吉田内閣の下で育った人材は、この二人だけにとどまらず、日中国交正常化を果たす田中角栄も、その一人でした。
このような実態から、内閣自体か「学校」と揶揄されたこともあったそうです。実際に後年、映画化されております。

この内閣が倒閣したのち、鳩山一郎氏は、重要且因縁のある国家との平和交渉に進みます。それは、今のロシアとの国交正常化交渉でした。次回「03-8」では、鳩山一郎内閣が成し遂げていくところに移っていきます。
その間に、「憲法改正」はどうなっていくのかについても、お話ししていきます。

ということで、次回をお楽しみに。