新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 03-11 「安保と憲法で揺れた時代」

本日の話題の2本目は、「歴史もの」から新シリーズの通算14回、本日は、国際連合参加の昭和31年から32年にかけて、この話は、当時の世界情勢が大きく影響されるのですが、このころの状況を、昭和30(1955)年から話し始めます。
4月18日にアジア・アフリカの開発と発展に関しての『アジア・アフリカ会議』がインドネシアのバンドンで開かれた(考えてみると今年で60年)翌月の昭和30年5月、旧ソ連邦を主力とする東側諸国共同体「ワルシャワ条約機構」が、成立したことから、冷戦が激化するきっかけとなりました。
その年の8月6日には、「原水爆禁止世界大会」が開催され(第1回)、2日後の8月8日には長崎の原爆爆心地に近い松山町(市内北東外れ)に平和祈念像の除幕式が行われるなど、平和と戦争(冷戦)との狭間で、揺れるという時代でした。
さて、この年の9月には、後に「ウルグアイラウンド」で問題となってくる「GATT」、現在のWTOに加盟しており、着実に国際社会の復帰への路が、開けてきたわけです。
早速、国際連合への加盟に沸く中で、年末の12月13日に、日本の国連加盟が議題に上ります。ところが、日本の努力にもかかわらず、旧ソ連が拒否権を行使して、流れてしまうのです。

実は、この1月前の話がキーポイントになるのですが、どういうことだったのかといいますと、昭和30年11月12日に、ドイツ連邦共和国(略称:西ドイツ)での軍備再建が行われていくのです。
このドイツ連邦共和国には、日本と類似する部分があり、その点は2点に凝縮されます。1点目は、高度経済成長を実現させた点。2点目は、敗戦国ながら再軍備を行ったことで知られている点です。
今回は、2点目の部分をクローズアップするのですが、昭和20年4月、ナチスドイツ降伏後が東西分割統治され、西側陣営が、主要都市のハンブルグ、ハノーファー、ミュンヘンなどを抑えていたのに対して、東側陣営がベルリン、ドレスデンを抑えるという形に分かれてしまったことから、後の東西ドイツ、45年後の統一まで時間がかかってきます。

昭和28(1953)年にはスターリンが亡くなった為に、旧ソ連邦の体制が変化していたこともあって、スターリン体制を批判するフルシチョフ体制に移行し、その首相としてブルガーニン氏と、鳩山一郎氏と会見するのが、昭和31年10月、「日ソ共同宣言」が出されるのが10月19日です。
ところが、6月28日にポーランドのポズナムで反ソ連暴動が発生し、この年の10月23日には、ハンガリーでの反ソ連運動「ハンガリー動乱」が起こるわけです。そして、ベトナム戦争への足音が聞こえてくることになります。
このような背景があり、日本は国際連合に加盟するのです。それは、年も押し迫った12月のことです。
実は、これのきっかけになった部分の一つに、「日ソ共同宣言」があります。

「あれ? 以前やらなかったのか?」とお聞きするお方もいると思いますが、実は、この「日ソ共同宣言」というのが、国連加盟への切符に変わったのです。さて、そこまでの流れを説明します。

昭和30(1955)年の旧ソ連邦の拒否権発動は、日本だけの問題にとどまりません。一つは、アメリカ合衆国が日本の加盟を容認しているの対して、モンゴルの加盟に反対するという構図になっていました。ところが、モンゴル加盟を拒否しているのがアメリカで、米ソで承認する、しないという事態が起きておりました。
先ほど述べたドイツ連邦共和国こと、西ドイツのNATO加盟もこれに追い打ちをかけます。それが重なりに重なって、拒否権発動につながってしまいました。

その中で、鳩山一郎氏は旧ソ連に向かうということになります。
このソ連行が、日ソ、はたまた米ソ対立解消の入口にしたいという考えを表しているというわけです。その前年6月から、日ソ交渉は続いていたのですが、農水分野での「日ソ漁業交渉」が決着したことを突破口に、日ソ交渉が進み、「日ソ共同宣言」締結へとつながります。
「03-9」で問題となったのが、領土問題でしたが、これは先に説明しているのではしょります。この「日ソ共同宣言」の中ではっきり明記したのが、
「ソ連は日本の国際連合加盟を支持する。」
の文言です。これは、共同宣言が発効された12月12日から、6日後の12月18日、国際連合加盟が実現することになります。

しかし、この共同宣言を出してから4日後、ハンガリーで国中を巻き込んだ大反乱が発生、これによって、ソ連はその対応に追われることになり、多数の死者を出して半月で集結し、この地に塗られた出来事によって隠されることになります。

さて、当の鳩山一郎氏はどうしたのかといいますと、この国連加盟を以て、自分の内閣のなす役割は終わったと悟ったのか、さっさと辞職したそうです。

次回からは「4」に入ります。「4」からは、国連加盟後の日本と憲法、そして「安保闘争問題」に迫ってまいります。ここでも憲法との関連を織り交ぜてみていきます。お楽しみに。