新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 幕間

本日の話題の2本目は、「歴史もの」から新シリーズの幕間を入れます。実は、本当は「5」に入りたかったのですが、ここまでの記事と、これから作成する記事は、時代が大きく異なる為に、一旦幕間を設けることにしたというわけです。

終戦から15年もたたないうちに、日本は国際社会への仲間入りを果たすという奇跡をやってのけました。しかし、それから60数年が経った中で、多くの難題を抱えております。この後で詳しく述べていくのですが、中華人民共和国との関係も問題の一つです。
以前、私が書いた記事に「隣国の関係を考えるに。」という記事で、こんなコメントがあったことを思い出しました。

その方が言うには、「日本は先の戦争で負けたから、アメリカ合衆国に憲法を押し付けられた、まさに9条はその象徴では?」と。

実は、その憲法が成立した当初、連合国側の構想していたことは、「極東のスイス」という考え方で、スイスのような国家形態を目指したというわけでした。ところが、実際に昭和20年代後期から激動の時代にのみこまれることを考えると、理想論を掲げたとみられるわけです。
そう考えると、どうなのでしょうか…、実際に「日本国憲法」では、侵略戦争のみを放棄すると定めていたようで、防衛戦争は放棄していないということを明確に記しておりました。

結果どうなるのか…、同じ記事に最近投稿されたお方には、「平和外交を展開している地方自治体に対して、国家が口出しをする権利はないのでは?」と、これもある意味で言えば正論です。

しかしながら、時代を追っていくと、「アメリカさんに守ってもらう」ということを選択した日本は、今後、経済発展への道を歩み始めます。そのために、憲法の論議から切り離されていくことになるのです。

次回の「5」編以降は、それについて話を進めていきます。もちろん、池田隼人氏の内閣についてもお話ししていきます。

ということで、次回をお楽しみください。それでは。