初春の吉野路(特急走行50周年)・大和路を駆け抜ける列車たち 06

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」から「初春の吉野路(特急走行50周年)・大和路を駆け抜ける列車たち」の第6回です。では早速、出発していきます。
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私は、合流したたんば4号氏と、その友人である24656F氏を伴って、吉野駅行急行に飛び乗る事にしました。といいましても、ほぼ各駅停車に近い停車駅で運転するので、何処の駅で降りるのかそれで迷いました。まず、考えられるのが直線で走る飛鳥駅、この2駅ほど吉野側に出たあの駅です。
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ところが、それ以外の駅で言うと、スルッと関西の切符では対応できない駅になってしまします。そのために、南限は壺阪山駅、飛鳥駅のすぐ南隣の特急停車駅です。
しかし、そこ以外となれば、市尾駅と葛駅を想定したのですが、スルッと関西の範囲外。
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返しの16600系が充当している車両の運行画像も撮影したい上に、昔使われていた方向板を取り付けている車両も撮影したいということを考えると、そう遠くまで行ってしまえば、撮り逃す可能性もあります。そこで、壺阪山駅に向かおうということになりました。ところが…Σ(゚Д゚)、
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壺阪山駅に入線する前に、待ち構えていたのが16000系16008編成の大阪阿部野橋駅行特急の50周年記念行先表示板が…( ゚Д゚)。
車内から撮影したため「あべの」が読み取れないというくらいです。こんなにタイミングよく来ていたのです。
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そして、裏側を撮影したのですが、こちらは、「あべの」とはっきり読み取れました。そこから、どうなるのか、実は24656F氏の提案で、周辺にいい場所があるのかと気になりつつ、出てみることにしました。実は私はフリーきっぷを使用しているので、早速行ってみることにしました。
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理由は、このアングルです。普通だろうと思われますが、上の陸橋から撮影すると、架線が邪魔してしまうので、よくないことが分かっておりました。さあ、どうする。
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ということで、壺阪山駅から歩いて撮影場所に向かうことになりました。着いた場所は、
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ここです。ということで次回「07」では、そこから撮影を行っていきます。ほかにも、吉野線の発展と、なぜ、迂回しなければなかったというお話しや、観光との関係を話していきます。ということで、次回をお楽しみに。それでは。