名列車列伝特集 01-2「戦争を潜り抜けても、新幹線ができても復活した名特急! 中編1」

(Kt1641F)さて、本日の話題の4本目ということでいいでしょうか?
(N)ええ、皆様にご迷惑をおかけして申し訳ありません。
僕は大丈夫です。今回はすごい人たちが来ていると聞いているのですが、
(JNRマイテ49型)そうだけど、実はこの「つばめ」号は、東海道本線を走るためにすごいことをしていた。その生き証人であったお方に、会っていただきましょう。
(JNRC11型)どうもみなさん。私はC11と申します。現在は北海道などで動態保存されているのですが、現役時代で一番有名な路線といえば四国沿線、そして九州方面などで活躍しておりました。今回は、私もかかわってきます。
(N)実は、この「つばめ」は特急の中でも最速という82.6キロ毎時をたたき出したことで知られております。しかしそこには、多くの難関が待ち受けておりました。
(Kt1641F)それはいったい…。
(N)一つ目は、当時の日本の鉄道は電化されている区間がわずかで、大半が蒸気機関車の走っていた区間だったからです。そのためには、SLに引っ張る区間をどうやって有効活用するかが課題となります。
(JNRC11型)確かに蒸気機関車は、大量の水と石炭で動かすのですが、客車の両などが作用していることも踏まえると、機関車が引くのには限界がありました。
(N)実は、ダイヤにも思い切ったテコ入れをしているのです。横浜駅を出ていくと、名古屋駅までの間に国府津駅のみにしか停車しなかった事も、大きな問題でした何が出てきますか。先ほどのC11さんの説明から見えてきますよ。
(Kt1641F)水ですか!
(N)正解です。実は、給水作業が面倒だったことがあって、次位にミキ20型という給水車両を連結しておりました。
(JNRマイテ49型)ところが、これは乗務員交代の時には危険を伴うものでもあったわけで、走行中(時速70キロ前後)に乗り移るのは一苦労だったと聞いたことがあります。さらに、峠道に関しても実は問題を抱えておりました。
(JNRC11型)実は、当時の東海道本線は、熱海駅付近を通らなかったことがあったからです。迂回のために御殿場を通っていたのです。ところが、そこが問題でした。峠道があったからです。そこを走るために、私が補機として運用につくことになったのです。
(Kt1641F)水に、補機といろいろとあったのですね。
(N)しかし、その活躍は、13年と長くは続きませんでした。
(JNRC11型)理由は、戦争です。そのために「桜」だけでなく、数多くの列車が影響を受けてしまったのです。つまり、全ての路線に響いた影響は、これだけにとどまりません。貨物列車の増発と、数々の出来事が重なって最悪の状況を引き起こしたというわけです。
(N)それだけ、戦争の影響が大きかったことを物語っておりますから。ということで、次回は「中編2」で、戦後初期の話に移ります。
(Kt1641F)こぼれ話が聞けたのですが、すごかったのですね。
(N)そうですね。それでは、次回をお楽しみに。

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