名列車列伝特集 01-5「戦争を潜り抜けても、新幹線ができても復活した名特急! 中編4」

(N)皆様、お待たせしました。本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から「名列車列伝」の特急「つばめ」のお話しです。今回は少しややこしい話となっていきます。
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(Kt1641F)どういうことですか?
(N)実は、電車化された後のことを言うと、少し変なんだけど、行先を何度も変えられているのよ。
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(Kt1641F)何度も変えているというのは?
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(クモハ157型)それは、私から述べますが、特急「つばめ」号は、東京から大阪の間を行き来する客車特急を引き継いだのですが、その時点で姉妹列車の「はと」を吸収してしまい、「第1つばめ」、「第2つばめ」と名乗ることになったわけ。
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(Kt1641F)それは、今の「1・2号」という呼び名だったのですか?
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(クモハ157型)それは、少しずれているのだけど、当時は、上下での偶数奇数番号による連呼というスタイルが浸透していなかったの、それは何を意味するのかというと、ややこしくなっていくのだけど「第1」が上下1本ずつあるということ、要するに上下セットで運用するということになっていたの。
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(Kt1641F)ということは、…あの歌のネタも…?
(N)狩人さんの「あずさ2号」は、下り便をさしていることから「8時先発」の「下り」と銘打って、書き下ろしたという逸話があるのですよ。
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(クハ481型)初めまして、私は交直流対応車両の485系と申します。よろしくお願いします。実は、151系先輩の時代から、行先変更がたくさんあったのですが、最初は東京から大阪まで走っていたのですが、昭和37年に早くも1往復が延長して、東京から広島まで走りました。
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(Kt1641F)東京と広島って! 通して乗る人がいたのですか?
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(クハ481型)そうですよね。確かに無謀といえば無謀ですが、昭和39年の新幹線の開通でだいぶ楽にはなったようですが…。
(N)そういえば、昭和37年といえば、東海道山陽本線の電化が一気に進んだ年ですよね。確かEF60型500番がブルートレインを引っ張っていくという姿を画像で見たことがあります。
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(クハ481型)ナレーターさんよくご存じで…。
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(Kt1641F)そういえば、ナレーターさんのブログは、寝台列車をモチーフにしておりますよね。
(N) そうです。
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(クハネ581型)あの、出番を待っていますが、よろしいでしょうか?
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(Kt1641F)おやおや、誰かと思えば、急行「きたぐに」で運用されていたお方ですね。
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(クハネ581型)ええ、よくご存じで、私は、後に「つばめ」を担当する583系電車と申します。代表として西日本対応のクハネ581型が務めます。
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(Kt1641F)何気に、「はと」ですけど(^^;。
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(クハネ581型)元を正せば、私は電車寝台と昼間の特急を掛け持ちしておりました。
(N)とにかく、役者もそろいましたし、話を続けましょう。
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(クモハ157型)実は、当時は東京と広島を結ぶ列車を導入した背景には、国鉄の威信もあったわけです。当時、大阪と広島の間には、電車急行と、九州方面を走るディーゼル特急だけで運用されていて、本数が少なかったという問題がありました。当時は、東京と大阪がメインルートで、「こだま」「つばめ」のほかに、「富士」と2代目「はと」が登場しているのにもかかわらず、岡山から西に走る列車は少なかったこともありました。そこで、新幹線を要望する声が高まったのですよ。
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(クハ481型)その関係で、私が作られていたのですが、昭和39年に「雷鳥」と「しらさぎ」で投入され、新型特急車両して、活躍を開始したのです。しかし、「つばめ」には投入されませんでした。
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(Kt1641F)えっ? どうして?
(N)それについては次回をお楽しみに。
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(Kt1641F)引っ張らないでください。早く知りたいです!