名列車列伝特集 01-8「戦争を潜り抜けても、新幹線ができても復活した名特急! 後篇1」

(N)皆様こんばんわ。本日の話題の2本前は、「鉄タビ(臨時便)」から「名列車列伝」の第8回です。テーマは、「なぜ15年も表舞台に立たなかったのか」です。
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(Kt1641F)あのこんなに活躍を続けていたはずなのに…。なぜだったのかですね。
そこが大きな謎ですが。
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(クハ481型【300番】)前回、何もコメントしなかった末っ子です。よろしくお願いします。実は、私は末期に登場したもので、昭和50年以降仲間が西の方面に走る特急で使用できなくなってしまったわけです。
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(クハネ581型)しかし、僕たちはこの後で、どういう状況になっていくのか全く見当がつきませんでした。ペアだった寝台列車の需要が減ってしまったことも、理由にあったわけです。しかも、鹿児島中央駅に向かう列車の多くは、「有明」に統一されたこともあって、「つばめ」は役目を終えたかに見えたのです。
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(C62型)その間に、リバイバルトレインが運転されていたこともある。
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(Kt1641F)そうなんですか…。先輩から聞いたことがありました。
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(クハネ581型)実は、あの時の国鉄も苦しみに苦しみぬいていた時代でしたし、私たちとて生産されてから早くも20年近くがたち、老朽車に足を突っ込もうとしていた時代でした。
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(クハ481型【300番】)実際には、「つばめ」が運転されたのはリバイバルトレインに2度あっただけで、定期列車として復活することはなく、そのまま進んできたのです。
(N)それが15年も続きました。何が原因だったのか、気になりますよね。
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(Kt1641F)ええ、そうですね。どうして採用しなかったのでしょうか?
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(クハ481型【300番】)理由はたくさんあると思います。ただ、確かなことは、今までの国鉄では、シンボルマークとして「つばめ」をシンボルとしており、その栄光を傷つけたくなかったのでしょう。
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(クハネ581型)まあ、私たちは、取り残された列車の運用を何とかこなしていた。それと、もう一つ、実は、国鉄が「つばめ」を採用しなかった理由として、「この名称に釣り合うだけの格式のある列車がない」という理由があったわけですが、これによって定期列車としての運航ができないという状態になったわけです。
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(Kt1641F)こだわっていたのですね。
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(クハ481型【300番】)その直後となった昭和62年4月に、国鉄が解体されたのですよ。
(N)当時、私は『さよなら国鉄という、書籍を買ったことがあります。それが出てくるというわけですね。
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(クハネ581型)ところが、私は九州では通勤車両に改良され、一部が急行「きたぐに」で活動を続けていることになっていくので、ここからは485系さんと、もう一人のゲストが必要ですね。
(N)二人いた方がいいでしょう。それが誰か…。
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(Kt1641F)楽しみですね。誰でしょうか。
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(N700)どうも、新幹線に欠かせなくなったN700系と申します。
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(クモロ787型)こんにちわ、787系と申します。
(N)次回の「01-9」では、復活への道をお話しします。それでは。
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(Kt1641F)お二方とも、よろしくお願いします。