名列車列伝特集 01-10「戦争を潜り抜けても、新幹線ができても復活した名特急! 後篇3 ラストラン!」

(N)本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から「名列車列伝」の第10回、本日が「つばめ」編ラストです。サブタイトルは「そして、今を生きる」です。
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(Kt1641F)サブタイトルが力強いような気がします…。
(N)なぜこうなったのかといいますと、場面は平成16年に移ります。
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(クモハ783)そのとき私は、「つばめ」運用から外れており、「有明」などを任されていたわけです。そのころに後輩の787系君の増備が終了したのはいいのですが…。鹿児島本線の線路容量の問題で、これ以上増発することができませんでした。
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(Kt1641F)確か、これは485系さんの時代から問題となっていたのですよね。
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(クハ481型【300番】)その通りで、実は鹿児島本線が全線電化を達成したころから問題となっていたことでした。そもそも、九州の大動脈でもある鹿児島本線ですが、その大部分は門司駅から熊本駅までの間で、現在の鹿児島中央駅まで走るのは、昭和48年当時で、特急「有明」が北九州地域から3往復、「つばめ」が岡山駅から2往復、大阪駅からの「なは」と、東京駅からの寝台特急「はやぶさ」、新大阪駅から寝台特急「あかつき」が3往復という内容だったわけで、このうち、昼行列車が3種類6往復、寝台列車が4往復を担当するという状況ということになります。
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(クモハ783)先輩、それだとすると、「つばめ」復活の時は、単独で14往復に、寝台特急にコンバートした「なは」と、名門の「はやぶさ」さんを含めて16往復が運用についていたみたいですが…。先輩のころはもっと多かったのですか?
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(クハ481型【300番】)たぶん、急行も含めていくと、それなりの運用本数を確保したと思うけど、当時は、16往復以上というのは望めなかったということになります。
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(クモロ787型)しかも、僕の場合は、ビュッフェまで連結した豪華仕様ですが、福岡県のターミナル博多駅と、現在の鹿児島中央駅を名乗っている西鹿児島駅とを結ぶのに、片道3時間を要するというのは、いくらなんでもかかりすぎという指摘があった為か、複線化というステップを飛び越す形で、新幹線化への流れが加速してしまったわけです。
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(クハ481型【300番】)確かに、これは早すぎるという意見も多いかもしれませんが、鹿児島県の薩摩半島側の地形は、単線で走行しても十分な地域だったために、それが速達の足かせになっていたのですから。
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(Kt1641F)しかし、疑問があります。単線で、高速運転するとしたら振り子車両を導入して、様子を見るという考え方もできたのではないでしょうか(・・?
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(クモロ787型)「白カモメ」君の事ですね。確かにこれを投入するのも手だと思いますよ。ただ、前回から話している通り、「つばめ」はJR九州を代表するフラッグシップトレインですから、そう簡単に車両を変えることができなかったのです。
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(Kt1641F)やはり、そこはプライドですね。
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(クハ481型【300番】)ただ、地元自治体の方にも問題はあったと私は思います。なぜなら、当時の工事状況からして、「九州新幹線」の計画があったのは事実ですが、その前に、鹿児島本線をもっと高速化するという工夫があったうえで、これ以上のスピードアップは望めないという形で、新幹線化へ舵を切るべきだったと考えた方がよかったのではないかと…。
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(クモロ787型)確かに、先輩の言いたいことはわかります。しかし、この当時の整備新幹線計画は、疑問も何も投げかけられずに進んできたわけですし、私が「新幹線」にバトンを譲ったのは、それから7年後の平成23年3月12日のことですから。
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(Kt1641F)その時の、式典は前日の「東日本大震災」の関係で自粛されたと伺いました。
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(N700)それは仕方のないことですよ。「東日本大震災」が起きて、間がない時に「どんちゃん騒ぎ」をしていたら白い目で見られますし。
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(クハ481型【300番】)それは、N700君の言う通りで、この時は日本全体が、「東北復興」を考えていた時でしたし。
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(N700)ただ、私が7年前にいたわけではなく、その時に開通を担当したのが「800系」と呼ばれる私の先輩のお方が、やっているのですし。787系さんも「リレーつばめ」号で活躍していたのですから。
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(Kt1641F)この記事を読んだとき、「?」と思いましたよ。なぜ、博多駅から建設しなかったのだろうかと。
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(クハ481型【300番】)そこが、先ほどの説明とリンクしてくるというわけで、実際に、「有明」とかは、昭和60年当時で熊本駅どまりも含めて15往復だったけど、平成に入ってから、平成4年までに32往復に増え、そのうち14往復を「つばめ」に分離してから、熊本県内と北九州を結ぶ特急という形に性格が変わったのですが、それから10年もたたないうちに、熊本県県都熊本駅ないし阿蘇観光路線から九州の中心都市博多駅を結ぶ列車として変貌を遂げます。「つばめ」が、新幹線化した後も、787系運用は「リレーつばめ」として、門司港駅から新八代駅までを結ぶ(最長列車で)という系統で組んだのです。
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(N700)それが7年も続きました。それから熊本駅を通過して博多駅まで7年の歳月をかけて建設されたというわけです。そのつばめは、設定当初は様々なパターンがあったのですが、博多全通で各駅停車として現在に至っているわけです。
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(クハ481型【300番】)実は、気になっているのが、速達列車版を「さくら」がちゃっかり名乗っているという点ですが、そこは?
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(N700)おそらく「こだま=つばめ」、「ひかり=さくら」、「のぞみ=みずほ」として、JRは考えていると思いますが、私もこのやり方がいいのかと思うと、私は疑問です。列車名としたら博多駅先発の新幹線として鹿児島中央駅行を「つばめ」、熊本駅行を「ぎんなん」としてもいいと思います。それに、新大阪始発で九州新幹線内各駅停車か熊本駅まで速達タイプとなる列車を「さくら」、直通列車で通して速達となる列車を「みずほ」として運転するのもありだと思います。
(N)まあ、そこは議論の余地がありそうですよね。細分化されていくと、どの列車に乗っていくといいのかというのが分かりますよね。
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(Kt1641F)今を生きているというのはそういうことだったのですね。
(N)それにしても、今回はすごいメンバーがそろっていたというわけでしたね。
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(Kt1641F)そうですよね。始めは、戦前のことをマイテ49さんから、戦後初期はEF58さんなどから、ほかにも高度成長期は3種類の485系さんと583系さんが話してくださいましたし、しかし、「この名称に釣り合うだけの格式のある列車がない」という理由が、新幹線では無視されてしまったのでしょうか?
(N)どうなんでしょう。そこは、JR九州もどのように考えていたのかですが、実は「こだま」が新幹線となった時も同じことが起きてましたから、そう考えた方がいいかもしれませんよ。
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(Kt1641F)確かに、そうでした。ということで、合計10回にわたりお伝えした「つばめ」編いかがでしたでしょうか?
(N)次回の「名列車列伝」は、その「つばめ」とともに、名列車として有名となった「さくら」についてお話しします。それでは。