名列車列伝特集 02-2「戦前、戦後とも長距離の主役だったんだ。オレは! 前編1」

(N)そういえば、本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から「名列車列伝」第2シリーズの2回目です。本日は、「誕生は不景気から?」という話です。
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(Kt1641F)これは…。あれですよね。昭和のお話しですよね。
(N)ええ。それだから、またあの人に登場してもらいましょう。
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(Kt1641F)では、お入りください。
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(マイテ49)1641君。また、私の出番かね。
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(Kt1641F)ええ、お願いします。
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(マイテ49)実は君たちに言っておきたいことがあるのだが、この並びどう思う。
(N)本当は、「さくら」と「富士」は同じ形で扱ういうことになるわけで、一番目に「富士」を持ってくるべきだということですよね。
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(マイテ49)でも、「つばめ」は最高峰で、実はこの順番は、特急復活の順番で「つばめ」、「さくら」という形になるということですな、その点を考慮して、今回はお話しをさせていただきますぞ。さて、この「さくら」という列車は、元々は、大正8年から走る3等急行が源流といわれていて、この列車は和食堂、3等というものクラスだが、これが東京駅から下関駅を走っていたが、さらに古くなると東京駅と神戸駅の間を走る5・6急行までさかのぼることができる。ちなみに、当時の1・2列車は「最急行」という名称がついていた頃のこと。これが最古だよ。
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(Kt1641F)さ、最急行? 特急とはどう違うのですか?
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(マイテ49)はっきり言ってしまうと、特急の旧名称が「最急行」だが、この示し方では、はっきりしにくいという指摘を受けて、明治45(1912)年に種別名称を変更して「特急」となったわけ。
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(Kt1641F)そうですか。そんないきさつが…。
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(マイテ49)それじゃ、次を述べていくのだが、この3・4急行が、実質上特急に格上げして、特急というのがこの列車の特徴となったわけ、それが早くも大正15年に実現しておる。
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(Kt1641F)は、早い!
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(Hk1000F)こんにちわ。立ち寄ったのですが、何をお話していたのですか?
(N)「名列車列伝」の話ですよ。何か聞いていない?
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(Hk1000F)確か、私の大先輩に、700型とかがいますが、昭和の初めに、特急運用についております。
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(Kt1641F)確か、私のところも同じように、昭和初期に特急車でついているのです。ところが、鉄道省のほうは種別名称も早ければ、回転率というよりは、増発が速いですね。
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(マイテ49)それが、鉄道省の調査によるニーズの把握そのものだったわけ、ところが、それが…、この後の経済状況により、大きく変化してしまったわけです。
(N)アメリカがくしゃみすれば、日本は風邪をひく、その典型例となる「ブラックサーズデイ」、世界恐慌です。
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(Hk1000F)不況に立たされたということですね。
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(マイテ49)そこで、鉄道省がこんなことを思いついた。それは、列車名を民間から募集してみようということだった。
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(Kt1641F)今に続く名称列車の先駆けというような感じですね。
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(マイテ49)そして、募集をかけたところ、上位5つは、次のようになった。第1位に輝いたのが「富士」、第2位に「つばめ」、第3位に「さくら」、第4位が「あさひ」、第5位が「はやぶさ」だったわけだ。
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(Hk1000F)すごいですね。名称を見てみると…1641さん?
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(Kt1641F)これ、戦後に急行や特急列車になっている名称ばかりですよ。
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(Hk1000F)そ、そうですか!?
(N)実は、全ての列車が、戦後に新幹線、特急、急行を経験しております。新幹線としては「富士」以外は経験済みです。
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(マイテ49)そうだったなぁ。まあ、とにかく「さくら」は東京駅と下関駅を22時間で結ぶ寝台列車として出発していった。しかし、それは戦争の影がちらつく危ういものだった。
(N)ということで、次回「02-3」は、「戦争がすべてを奪い去った」です。