新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 06-7「和平交渉と憲法で揺れた時代」

皆様お待たせしました。続いて2本目の話題は、「歴史もの」から「新シリーズ」の通算第33回、本日の内容は、海外問題ではなくて、国内問題にスポットを当てます。

この時代は、ナレーターである私の父親が、丁度青春時代を過ごしたころに重なり、多くの方々の記憶にも残っているものが多いかもしれません。
佐藤栄作内閣が長期政権となろうとしていた昭和40年代初め、自民党内では不祥事が続発するという事態が起きておりました。世にいう「黒い霧事件」と呼ばれるものです。
この事件は、年末まで続く大騒動となりました。
発端となるのは昭和41(1966)年8月5日に発生した「田仲彰治事件」です。内容は、当時の衆議院決算委員会議長を務めていた田中彰治氏が、東京都港区にある虎ノ門公園跡地を購入した当時の国際興業会長小佐野賢治氏を脅迫(ちなみに、国際興業といえば、バス会社を連想する人が多いと思いますが、この母体が、この事件で脅迫被害にあった小佐野氏率いる国際興業となります)、2億4000万円の手形決済期日を延期させた事件で、田中彰治氏が脅迫の疑いで逮捕されるという事件です。
それから、ひと月が経った9月2日には、防衛庁長官の上林山栄吉氏による自選挙区へのチャーター機に、YS11型を使用したことが、国防を預かる身としては「公私混同では?」との非難を受ける事態が発生。
さらには、当時の運輸大臣であった荒木清十郎氏の選挙区、深谷市の国鉄(JR東日本)深谷駅に急行列車を停車させるよう要請する問題(国鉄運営への政治介入が問題になりました)と立て続けに、不祥事が起きる事態になるのですが、
この状況に追い打ちをかけるのが、9月27日発生した共和製糖事件です。共和製糖が農林中央金庫から不正融資を受けたことを指し、もともと、重政誠之農林大臣の時に払下げられた国有林が担保となったことが問題となった事件で、まさに「官有地払下げ事件」の高度経済成長期版という事件でもありました。この一件を、社会党は国会で徹底追及し、以後4か月にもわたる汚職事件問題へと発展します。
こうした中で、佐藤栄作内閣は解散に打って出ますが、その野党に変化が出てきたのです。遡ること7年前の昭和35(1960)年に安保闘争で先頭に立った社会党が分離し、左派と右派に分かれます。その右派の一部が、民主社会党を結成したことを皮切りに、昭和37(1962)年には、池田大作氏が立ち上げた、公明政治連盟が結成されていきます。これが政党となっていくのですが、政権を担う与党「公明党」となっていくわけです。
そして、政治の世界から遠ざかっていたのが、日本共産党で、この時期に国政でわずかながらの議員数を確保していきます。

これと並行して、起こっていたのが「学生反乱」と呼ばれる騒動が問題化してきます。実は、私ごとですが、父親が専門学校に通っていた頃に、東京の工業大学の学生がやってきて、「バリケード封鎖」の方法を教わったという話をしてくれたことも、これに関係しますが、これについては、次回に回します。なお、前の回で、前後2回に分けてお送りすると申しましたが、今回のこのカテゴリについては長くなってくるため、合計4回にわたりお送りすることになりました。

そのために、次回「06-8」では、その実態を、「06-9」では、「連合赤軍事件」への発展について、「06-10」では、その後の話についてお送りする予定です。

ということで、次回をお楽しみにしてください。