名列車列伝特集 02-5「戦前、戦後と長距離の主役だったんだ。俺は! 戦後ブルトレ化編01」

(N)はぁ。
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(Kt1641F)どうしました?
(N)『さくら』の話が戦後編になると、話題がなくなってくるしネタ元が…思いっきり変わりますし。
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(カニ21型)それなら、私がメインとなる話だよね。
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(クハ481型)これは、20系寝台客車のカニ21さんですか、どうもどうも。
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(Kt1641F)確か、初代寝台特急専用車両の?
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(カニ21型)厳密にいうと、固定編成としての客車列車は私で、初めてともいえる車両でもあったわけ。さて、私が「さくら」としてデビューしたのは昭和34年7月に入ってから、その間にいろいろとエピソードがあったというのは、前回にお話ししたと思います。
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(Kt1641F)とんでもない編成だったのですよね。確か基本編成が佐世保駅行で、付属編成が長崎駅行という話でしたよね。
(N)実は、この「さくら」には20系客車の増備とともに、返り咲いたという話があるのですよ。
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(Kt1641F)しかし、臨時特急として復活したのではないですか?
(N)ここがややこしいところで、定期列車として復活したのは昭和34年となるわけ、実は不定期特急として扱われたわけで、いわば下積み時代ということになりますね。
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(クモハ157型)確かに、そうだとしたらわかりますよね。ただ、定期列車になってからは、東京から長崎駅を結ぶ寝台特急として走っておりました。ところが、順調に走っている中で、とんでもない事故に遭遇するのです。
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(EF58型135号)こんばんわ。お邪魔します。
(N)EF58型さんですね。お待ちしておりました。
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(クモハ157型)これは、ブルトレ時代の135号さんですね。タイムスリップさせられたのですか?
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(EF58型135号)まあ、そんなところだろうか…。
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(Kt1641F)初めまして、近畿日本鉄道所属の1620系1641編成と申します。お待ちしておりました。
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(EF58型135号)確か、93号にもお会いしたのですよね。
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(Kt1641F)「つばめ」特集でお世話になりました。しかし、このような色もあったなんて、新鮮です。
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(EF58型135号)ありがとうございます。照れます(*^^*;。それより呆台に入りましょう(`・ω・´)。実は、この出来事は昭和36年も暮れる12月29日に起こった出来事です。当時、私はこの出来事を、姫路で聞いたのですよ。
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(Kt1641F)えっ? 姫路で?
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(C62型)それは、僕のことですね。確かその時の運用していました。実は私の列車は、後続で追ってきていた55系気動車の準急「あきよし」号に追突されてしまったのです。
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(Kt1641F)追突ですか、今ではそういったことは考えにくいですね。
(N)この時、山口県内の区間で濃霧が発生しており、ATSが導入されていない中では、不便な部分も多かったのは事実で、実際に45キロ毎時の徐行をしていたにもかかわらず「あきよし」(5両編成)のうち、4両に被害が出てしまうという事態となりました。
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(EF58型135号)むろん、「さくら」が14両編成中12両が被害にあい、そのために列車編成をどうにかして賄わなければならなくなったわけです。では、どうしたのか?
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(Kt1641F)ほかの編成が無いとしても、運休は不可能で…、ということは…余った車両を使うですか?
(N)それが、少しヘンテコなことをやったのですよ。実際に編成は基本編成が何とか予備車両を組んで来たけど、付属編成を…。
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(EF58型135号)旧型客車で調達したというわけ。
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(Kt1641F)そ、そんなことをしたのですか⁉
(N)鉄道ファンからは「うばざくら」という異名を取られたみたいだし。
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(EF58型135号)確かにこういった例はほかにもあるので、あまり取り上げないけど、こういったこともあったわけです。
(N)そういうことですね。ということで、次回「02-6」では、東海道山陽本線全線電化以降の話をしていきます。135号さんどうも有難うございました。