名列車列伝特集 02-7「戦前、戦後と長距離の主役だったんだ。俺は! 戦後ブルトレ化03」

(N)えー、1週間空きまして今回の記事となりましたが…。
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(Kt1641F)あの、始めの記事で1週間お預けといわれましたけど、そんなことありませんよ。
(N)そうだっけ?
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(Kt1641F)ナレーターさん。しっかりしてください!
(N)すいません。ということで、ここからは昭和40年代後半に突入していきます。では、始めましょう。
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(EF65型500番P)それでは、私から、お話ししていきます。昭和40年に20系15両編成を率いた私、その前にEF60型500番P先輩から運用を譲り受けて、私が九州ブルトレを代表する路線を疾走したのは、この年です。そのころに、「さくら」号は長崎駅と佐世保駅を結ぶ特急として活躍しました。運用受持ちから1年は基本編成は佐世保駅、付属編成が長崎駅に向かっていましたが。1年で逆転して、基本編成が長崎駅に向かうことで決着したのです。
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(Kt1641F)しかし、不思議な話ですが、なぜ食堂車を連結していた基本編成が、佐世保駅に行ってしまったのでしょうか?
(N)それが、謎となるのですが、ただ変更した理由といえば、実際に、寝台特急の時刻表を作っていた時に気づいたのですが、長崎駅行が佐世保駅行より余計に時間がかかり、そのうえ簡易電源車両の搭載されている編成が、時間のかかる行先に投入されてしまうと、サービス低下につながると考えたのが一因かもしれません。
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(EF65型500番P)果たしてそれが正しいのかどうかは、また別の問題なのですが…、そういう事情も考慮された可能性はありますね。
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(EF58型)確かに、私の時では考えられなかったほどですから。
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(EF65型500番P)確かに、先輩の時はそうでしたよね。むしろ私の方が、いろいろとバリエーションがあったのですから。
(N)それにしても13年もの長い間、第1線で活躍していたのですからね。
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(Kt1641F)そんな事情があったのですね。納得しました。しかし、また一つ気になるのですが、20系寝台客車というのは結構ベストセラーと伺っているのですけど、どれくらいの種類の車両が生産されていたのです?
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(EF65型500番P)内訳をざっと述べていくと、電源車が6形式、A寝台に相当する1等寝台が3形式、B寝台に相当する2等寝台が3形式、食堂、1等座席は各1形式、2等座席車両が3形式の合計17形式がこの当時の内訳であったのですが、後に座席改造の寝台車両が2形式登場し、2等座席車すべてを廃止して、2等寝台が5形式に増える結果となったため、実質で残った形式は合計16形式に上っていきます。
また、昭和44年には現在のモノクラス方式に移行したことにより、1等座席がグリーン車、2等寝台がB寝台、1等寝台がA寝台と変更されているのもこのころです。しかし、分割併結で支障が出ると感じた旧国鉄は、3年後その発想を転換する画期的な客車を投入することになります。
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(14系客車)それ僕ですね。実は、私が登場したのは、昭和47年3月のダイヤ改正からです。実は、当時の僕は、東京駅から出発する3列車を受け持っておりました。1641Fさんどの列車だと思いますか?
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(Kt1641F)「さくら」と「みずほ」を485系さんが、私の先輩に教えてくださったのですが、後の1つは、先輩も想像ができないと話しておりました。まさかですが、「出雲」か「あかつき」かのどれかでしょうか?
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(14系客車)3本目は全てはずれですね。
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(Kt1641F)は、外れ…。ちょっと待ってください。それでは、「はやぶさ」…?
(N)それもないよ。なぜなら、「はやぶさ」はこの当時まだ20系客車を使用しているうえ、長崎駅行も連結している。
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(Kt1641F)あれ? では? まさか…。「あさかぜ」?
(N)当てずっぽう?
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(Kt1641F)そうだとすると、考えられるのはそれくらいしかありませんよ。
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(14系客車)大正解です。実は「あさかぜ」の第2便を担当していたのですよ。しかも、東京駅行「あさかぜ」では一番後ろで運用していました。
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(Kt1641F)ええええええええええ! ちょっと待ってくださいよ。まず、分割併結をしていない「みずほ」が、分割併結できる車両で使用されたのですか?
(N)それには、さらに裏話があるのよ。これがまた複雑怪奇で、3年後の系統の大幅見直しを考慮した措置でもあり、この車両を導入することで実績を積み重ねるという目的があったようなのです。また分割併結の実績を試すための試験運用的な意味合いもあったみたいですから。
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(EF65型500番P)まあ、そういうこともあって、昭和47年以降、私の担当は14系客車「さくら」などをけん引する役目に代わってきたのです。
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(Kt1641F)しかし、考えてみると、当時は東京や大阪は関係なく客車が運用されていたようですし、それもある意味では納得ですよね。
(N)しかし、将来性を見据えるとして、このころから個室寝台のサービス向上に力を入れれば、何とかなったと思えますが…。
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(EF65型500番P)それに気づくのが遅かったのかもしれませんね。
(N)そういうわけで、次回「02-8」では、昭和50年以降の話をしていきます。