名列車列伝特集 02-11「戦前、戦後と長距離の主役だったんだ。俺は! 復活編」

(N)さて、今回はですが、あの震災が関わるお話しです。
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(EF66型)私が、寝台列車の任務を解かれた後、どうなったのかといいますと、ナレーターさんお分かりのようですね。
(N)その後、寝台特急は、九州方面などの列車は、平成21年の「はやぶさ・富士」の勇退で、「サンライズ瀬戸・出雲」が残ったくらいですが、実は、「さくら」は平成17年にすでに引退したのです。
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(Kt1641F)確かに、引退した後、どうして復活したのでしょうか、そこが気になってきます。
(N)そのあと、どうなっていくのかについては、再びこの人を登場させましょう。
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(N700A)実は、九州の新幹線が平成16年に入って、新八代駅と鹿児島中央駅の間で開通したのを皮切りに、山陽新幹線の博多駅まで乗り入れさせるための工事が開始されたころまで飛びます。実は、これに合わせて、対九州寝台列車はかなり弱っていたとはいえど、生き残っておりました。800系さんから聞いたお話しでは、寝台特急「なは」号も平成16年当時はかろうじて生き残っていたようなのですよ。
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(EF65型1000番PF)確かに、その通りで、私がけん引していた関西寝台特急は何とか生き残っていましたよ。私が引いていた時に、後に、24系25型と、14系15型が一緒に運転するというのは、信じられなかったほどですし。
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(Kt1641F)あっ、そうか、「あかつき・なは」が併結して運転していたのは確か平成20年までの3年の間と伺いました。
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(EF65型1000番PF)EF66さんが任務をついでから少しして、「彗星」と併結したのが5年。それから「なは」と併結してから3年で「あかつき」は廃止と相成りました。これは、ブルートレインが落ちぶれてしまった最大の原因が、早く目的地に行きたい人は「新幹線」へ、ゆったりとした旅を楽しみたい方には「クルーズトレイン」でというJR各社の方針が反映されてしまったことにあるといえるかもしれません。つまり、中間のニーズを切り捨てたという部分もありますよね。
(N)私は、それだけの問題とは言い切れない側面もあると思います。
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(EF66型)なぜです?
(N)当時は、サラリーマンの出張が盛んな時代だった昭和30年代から40年代の社会状況。それに、現在は通信技術の発展が重なり、出張しなくても電話または、インターネットで、取引ができるようなった時代ですから、こういった出張族のような人たちは、いち早くビジネスを行うには、飛行機か新幹線を使用するというのが当たり前になってきたというのが、本当のところではないでしょうか。
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(Kt1641F)確かに、その通りですよね。それに、料金面での高さも響いたのではないでしょうか、乗客がいなければ、料金を高く設定しなくてはいけない、それがさらに乗客を減らす…、この悪循環を断ち切れなかったのかもしれませんね。
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(N700A)確かに、それは1641編成さんのおっしゃる通りですよ。おそらく、かつて活躍していた787系にもお会いすることがあるのですが、よく愚痴ってましたね。「僕たちが、いくら飛ばしても、客車列車が中に入ってしまうと、どこかの役に泊まってくれない限り追い越せない」と…。
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(787系)確かに、私が鹿児島中央駅こと西鹿児島駅を行き来していた時、「はやぶさ」さんが間に入っていたら、「それはないぞ!」という思いになってしまいましたね。
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(EF66型)それは、確かに…(-_-;)、しかも、ED76型君は、昭和45年の鹿児島本線全線電化からずっと活躍していましたし…。
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(787系)道理で遅いわけだ…。しかも客車も、ブレーキ改造をすれば120キロで走れたかもしれませんよね。
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(EF66型)いやいや、それは結局、寝台列車がもうからないと彼らが分かっていたからこそ、改造しなかったのだと思いますよ。国鉄時代にこれらを改造していたら、状況は少し違ったかもしれません。
(N)いえいえ、国鉄もJR各社も元から、そういうことを考えていたとは私には思えません。理由は、寝台特急が価格の安い夜行高速バスなどと対向できないということを悟っていましたし、それに、車両を製作しようとしても莫大な設備投資が必要となってくるわけですから、しかもJR発の寝台客車といえば、平成11年の「カシオペア」号専用客車E26系ですが、そのあとが続かなかったことを考えると、JR各社とも乗り気ではなかったということがうかがえるのではないでしょうか?
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(Kt1641F)確かに、ナレーターさんの意見もわかります。民間会社というのはそういうのには厳しいですからね。
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(N700A)あの、話を戻します。実は、新幹線の全通が決まったのは、平成20年のことで、「あかつき・なは」が廃止された年と重なり、そこで新たな列車名を公募で選ぼうということになりました。そうした中で、翌年2月に公募で決まったのが、「さくら」と「みずほ」だったわけです。ちなみに、ブルトレ時代は甲が「さくら」、乙が「みずほ」だったのですが、新幹線全通の暁には甲を「みずほ」、乙を「さくら」と逆転させて運転することになったのです。
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(Kt1641F)公募だったとは、知りませんでした。しかし、こういう方法って、北陸新幹線にも使われたと…。
(N)私も応募しましたよ。「かがやき」に、確か全体得票数が5位だったそうです。
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(Kt1641F)な、何気に使われておりますよね(^^;。
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(N700A)確かに、北陸新幹線「かがやき」は衝撃でしたが、実は、この逆転騒動もかなりの衝撃でした。結果的には、その形で採用されて現在至るというわけですが、名称も決まり後は2年後の開業を待つのみとなりました。ところが…。
(N)平成23年3月11日午後2時46分、東北地方を突如襲ったマグニチュード9.0の地震と津波が、三陸海岸を襲います。実は、その翌日が、九州新幹線全通によるダイヤ改正でした。
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(Kt1641F)あの時は、私たちも「東北のために」という思いを新たにしたころでしたよね。
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(N700A)実は、盛大な式典をJR西のお方は行おうとしていたのですが、この震災の影響で式典自体が中止に追い込まれました。これは仕方なかったのかもしれません。
(N)本当に、出ばなをくじかれた格好となりましたが、現在でも「さくら」は、大阪対九州の長距離特急として活躍しております。
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(Kt1641F)まさに、「長距離の主役は私」というのが似合っております。
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(EF65型1000番PF)ありがとうございます。兄さんも喜びますよ。EF66さんも。
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(N700A)それから、僕も勉強になりました。まさか、昭和の初めに至るまで、多くの歴史を持っていた列車だったとは思えませんでしたよ。
(N)確かに、「さくら」は日本の国の花です。この名前はいつまでの残ることかもしれませんね。
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(Kt1641F)さて、次回からは「3」に突入します。実は「3」は九州特急の草分けを担うことになる「かもめ」です。ナレーターさんそれでいいですよね?
(N)ええ、その予定です。それでは、次回をお楽しみに。さようなら。