名列車列伝特集 特別篇02 「オリエント急行」が愛された理由。

(N)皆様こんばんわ。本日の話題の2本目は、「雑記」から、
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(Kt1641F)『「オリエント急行」が愛されたわけ』についてお話しします。
(N)この列車がヨーロッパを廻る高級列車として、運用されておりましたが、そのきっかけは何だったのでしょうか。
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(Kt1641F)それはそうと、「オリエント急行」というと、列車名としてはすごい歴史を持っているとうかがったのですが…(-_-;)。
(N)今回はそれについて、知っているお方に来てもらった訳で…。
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(Kt1641F)わっ、わざわざフランスからですか?
(N)それに、ドイツからも来ている人がいるから…。
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(Kt1641F)そうですか…。
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(TGV.R)どうも、私がフランス国鉄の最高峰となったTGVの大西洋線所属Rタイプです。よろしくお願いします(ポンポン)。
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(TGV-SE)あの、その関連については最近登場した私が対象路線になっていたはずです。あ、皆様初めまして、私はTGVの末っ子Duplexの一番下に当たります。よろしくお願いします。それより、兄さんはしゃしゃり出ないで下さいよ。それより、もう一人紹介したい人がいますから…。
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(ICE-T)SEさんすみません。私は、ドイツ鉄道のBR411型とBR415型を名乗っております。皆様の間では「ICE-T」という名前で覚えておられる方も多いはずです。某動画では、最後の「T」を取って「Tちゃん」と呼ばれていることもあります。本日は、諸先輩方に代わりまして私がお話ししていきます。
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(Kt1641F)ど、どれもしゃれておりますね…。今を時めくスターですから。
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(TGV-SE)それはお恥ずかしい限りです。真っ赤になってしまいますよ。
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(TGV-TRS)あの、私も関係している話があるというのできたのですが…。
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(TGV-SE)タリス君も来ていたのね…。まあ、それでは話し始めます。
(N)どうぞ。
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(TGV-SE)今から100年以上前の1872年、場所はベルギーの首都ブリュッセル。ここで銀行家を父に持つ一人の人物が、壮大な計画を立てて、アメリカに出発します。
(N)日本では新橋停車場から横浜停車場、今の汐留駅から桜町駅までを結ぶ東海道本線の前身、官営鉄道が開業します。
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(TGV-TRS)その人物の名前は、ジョルジュ・ナゲルマルケース、彼が興した会社は、「ワゴン・リ」社と呼ばれるものです。実際には、この車両が有名ですね。
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この形は、1920年代のころの黄金期の代物ですが、これに似た客車たちを引き連れて1883年、パリ東駅から、ルーマニアのジョルジュ駅で渡し船にのり、そこからヴァルナまで列車に揺られ、さらに汽船を使用してコンスタンティノープルこと、現在のイスタンブールまでを走っておりました。
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(Kt1641F)よほど不便な旅だったのですね。
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(ICE-T)この当時の旅といえば、特定のお方たちのたしなみみたいなもので、今では海外旅行をする方も多いのですが、その当時では、高嶺の花というものだったようなのです。
(N)確かに、歴史的な要素で考えると、1等オンリーのスタイルだったのですよね。
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(ICE-T)これも、おそらくですが、時代の空気といえばいいかもしれません。
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(TGV.R)まあ、どう考えても食堂車が1両に、寝台と荷物が各2両というのは、上級階層にターゲットを絞ったといっても過言ではないですね。
(N)確かに、宣伝効果は抜群でした。オスマン帝国皇帝アブデュルハミト2世のインタビューに成功するなど、様々な効果を上げていきます。
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(ICE-T)しかし、この時代のヨーロッパは戦争がはげしいことでも知られておりました。ジョルジュ氏が「ワゴン・リ」社を立ち上げる2年前、フランスとドイツのもとだったプロイセンが戦闘状態となった「普仏戦争」で、フランスはストラスブールを制圧されることになります。
(N)そののち50年ほどは、ストラスブールはドイツ領となり、第1次世界大戦後の大正6(1918)年以降フランスに戻っております。
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(Kt1641F)しかし、大変な影響があったのですね。それにしてもですよ、「オリエント急行」という名付け方にも理由があったのではないか、などと私は想像してしまうのですが…。
(N)オリエントというのは、東洋の意味があるのだけど、このころは、トルコとかのイメージが強かったとも言われているわけで…。
これが、当時のポスター、これは、明治21(1888)年の時の物ですが、この地図でもわかる通り、近い「オリエント」というと中東をさしていたわけです。
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(Kt1641F)確かに、これは大きいですね。「近いオリエント=トルコ」ですか…。
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(TGV.R)しかも、私たちと直接鉄路でつながっていたのですからね。
(N)そうですね。それにしてもヨーロッパは広いものですな。
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(ICE-T)広いといいましても、その中ではコップの水の争いみたいなものが起こっていましたから…。世界というのは広いもので、狭いものでもあるのですよね…f-_-;。
(N)ということで、次回に続きますよ。