新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 07-3「憲法とアジア諸国との間で揺れた時代」

本日の話題の2本目は、「歴史もの」から「新シリーズ」の第43回、時代は田中角栄内閣のころのお話が舞台です。

日中国交正常化から、2か月ほどさかのぼった7月、田中角栄氏と、後に首相となる福田赳夫氏との間で、自民党総裁選が行われ、田中角栄氏が勝利を収める結果となるのですが、このころに出版された書籍が驚異的なベストセラーとなります。もちろん著者は田中角栄氏本人で、書籍のタイトルは『日本列島改造論』と呼ばれるものです。
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この背景として、昭和47年3月の話が関わってきます。それは、山陽新幹線の岡山駅開業で、この話がなぜか代わってくるのかといいますと、当時の日本の交通網に関しては様々な動きがあり、大きく三つの流れが起こっておりました。一つは、長距離での航空業界が、昭和45年のジェット機の投入などにより発達へ向かったこと、二つは、高速鉄道網の範囲拡大があり、三つには、自家用車の普及、これに田中角栄氏の持論を組み合わせたものです。
中身としては、高速鉄道網を全国に展開し、高速道と航空網の整備を急ぐうえで、地方都市を活性化させ、そして過疎過密問題を解決するというのが、持論でした。実は、実現したものは少ないのですが、その中で、「成田新幹線」という形で計画されていた路線があります。それが、平成22年に完成を見た京成スカイアクセス線です。
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これも、『列島改造論』に含まれていた路線だったわけです。
しかし、これらの路線は40年もたった現在でも、計画段階というのが多いのですが、この『列島改造論』が出版された直後、首相として国政を担うわけですが、この経済政策は、大前提として「高度経済成長」の経済状態が続くということ、つまり、成長する期間が長いと首相は予測していたわけです。
ところが、民間企業に頼ったこともあり、少し無理があったようです。そして、遠く遠く、中東のある場所で、起きた戦争の影が、日本にも迫ってきたことも、この計画を破たんに追い込むきっかけとなってしまいます。

翌年の昭和48年春、物価上昇が社会問題化したこの年、整備新幹線計画(これは現在も新幹線建設の話題でよく取り上げられます)により11路線が追加されることになるのですが…、その中で、物価上昇を抑制する法律(「生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律」)、さらには公定歩合の4度の引き上げを行うも、効果がないというのが実態だったことに加えて、
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イスラエル対アラブ沿岸諸国との戦争(これが4度目!)、つまり「第4次中東戦争」が勃発し、石油の価格上昇(OPECによる生産調整)により、第1次オイルショックが発生したため、工事延期が相次ぎ、瀬戸大橋などの橋梁の着工も延期されるなど、様々な影響が出ていました。

その後、計画は破たんに近い状態となるのですが、その置き土産が、現在使われているインターネット回線です。疑問がありますよね。インターネットと『列島改造論』がどのように関係しているのか。それについては、田中角栄氏が描いていたのは、「工業と交通の全国的ネットワークの形成」という未来でしたが、それが形を変えて「情報通信の全国的ネットワークの形成」という目標として、日本電電公社(のちのNTT)が引き継ぎ、インターネット回線の確保につながって行きました。

結果的には中小の都市が発展するという話は、幻となったものの、その事業はゆっくりとですが実現しているといわれているわけです。田中角栄氏が、亡くなってからもその遺産は、これからも日本の国土に刻まれていくことになるのかもしれません。

ということで、次回「07-4」からは、そのオイルショックという災難を乗り越えた後、三木武雄氏が首相として登場するまでの時代の流れを追っていきます。それでは。