名列車列伝特集 特別篇 06 「オリエント急行」が愛された理由

(N)本日の話題の2本目は、「雑記」から『「オリエント急行」が愛された理由』の第6回です。
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(ICE-T)実は、文学作品でどのように登場していったのか、それについて、お話ししていきます。
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(Kt1641F)それで、今回は文学からの招待ですよね。それでは、始めましょう。
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(Hs1208F)第2次黄金時代のころは、鉄道旅行が大衆化へと進んできた時代でもあり、特急列車を舞台とした文学作品も多く登場しました。たとえば「ラインゴルト」号、「ゴールデンアロー」号とかも題材として多く登場しましたし、「オリエント急行」もその例から漏れません。たとえば、モーリス・デコブラ氏著作の『寝台車のマドンナ』、グレアム・グリーン氏著作の『スタンブール特急』など様々な作品に登場しています。
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(ICE-T)とくに有名になったのがアガサ・クリスティ氏著作の名推理百選に選ばれた『「オリエント急行」の殺人』です。実は、『「オリエント急行」殺人事件』はエルキュール・ポワロシリーズの第8作目で登場したものです。
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(LX寝台車)しかし、どの作品をとっても、私の黄金期をほうふつとさせる描写が多いですよね。
(N)実は『スタンブール特急』は、オースデンテ・ウィーン「オリエント急行」が舞台なので、いろいろと面白いとされておりますが、『寝台車のマドンナ』という作品は、なかなか読んだことがないので、読んでみたいですね。
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(ICE-T)方や、そういう舞台として華やかに演出している作品もあれば、批判的な作風で書いた作家もおります。代表例がブルガリアの作家アーレコ・イワニコフ・コンスタンティノフ著作の『バイ・ガーニュ』と呼ばれる作品です。これは成金の目をとおして批判的に、西洋諸国を風刺した作品として知られております。さらに劇作家のイオン・ルカ・カラジャーレ氏の『友人X』では、その主人公「友人X」を「オリエント急行」に乗せているのですが、内容は、西洋諸国の文化を批判的なタッチで描いております。
(N)また、紀行文のルポでも知られているラルボー(本名ヴァレリー・ラルボー)氏の著作『A・O・ヴァルナブースの日記』で、「オリエント急行」の良さをこれでもかと、ヴァルナブースのセリフで語らせております。また、映画でも「オリエント急行」は舞台として用いられていったのです。ただ、第2次黄金時代の終わりは意外と早くやってくることになります。わずか20年で終焉することになるのです。
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(LX寝台車)それが、1939年9月1日、日本で言うと昭和14年ですね。ナチスドイツがポーランドに侵攻し第2次世界大戦が勃発、1年後には、フランスが降伏する等、大災難に陥りました。
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(ICE-T)結果的に、ヒトラー政権がドイツを破壊したといえるかもしれません。しかも、それは後々の大統領ヴァイツデッカー氏の「私たちは歴史に盲目であります」という言葉にも現れております。
(N)次回からは第2次世界大戦後のお話しをしていきます。それでは。