名列車列伝特集 特別篇「オリエント急行」が愛された理由 08

(N)昨日は、紹介するといっておきながら別の記事と差し替えてしまいまして申し訳ありませんでしたm(_ _)m。
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(Kt1641F)しかし、ほかの計画や、現実問題で大忙しですから、これくらいはやむを得ないですね。ということで、前置きはこれくらいにして、本日の話題の2本目は、「雑記」から「名列車列伝特集」特別篇から『「オリエント急行」が愛された理由』の第8回です。
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(Hs1208F)今回からは、直通列車としての使命を終えて、ヨーロッパを走る列車として装いを新たにした「オリエント急行」、しかし、その中で高速鉄道の開業と、航空機、さらに乗用車などの交通機関と戦いづづけた足掛け32年の歴史を追います。
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(LX寝台車)実は、僕たちと簡易寝台車を増結した「オリエント急行」が走ってから15年後に、イスタンブールへの直通列車が廃止された後、私たちは、新たな道を歩み始めました。実は、ヨーロッパを走る列車に生まれ変わりました。
(N)とはいっても、実際のLX寝台車は使用されなくなり、それぞれの国鉄が持ち寄った座席車、寝台車を使用した編成に改められます。現実は甘くありませんでした。
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(TGV.R{再登場})確かに、その4年後にはフランスで、日本の新幹線に発想を得たTGVが登場し、営業最高速度の世界記録を更新しました。確か、1995年に日本の新幹線がそれを奪い返したそうだと聞きましたが、あの時は神戸市が大変だったわけですよね?
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(Hs1208F)そうですね。僕たちの大先輩から聞いた話では、あらゆるものが倒れたと聞きましたから、それにしても、TGVさんが開通した直後は国内線で使用するということだったわけですよね。
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(ICE-T)実は、TGV南東線開業4年後、1985年に、ICE1が開業したことによって高速列車による都市間連絡が可能するという時代が到来するわけです。
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(TGV-EST)確かに、そうだとすると、ヨーロッパ各国で登場した高速鉄道を走るということから考えると、高速鉄道の結ぶ路線と在来線の差が大きくなりますよね。
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(Kt1641F)確かに、日本でも同じことが起きたと思いますよ。現在は、新幹線の整備計画がその証拠ですよね。新幹線より前に走っていた優等特急が、新幹線の開業で消えた例というのは、数知れずありますよね。
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(TGV.R{再登場})そのために、「オリエント急行」もその影響を受けて、運転区間を縮小するということになります。
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(ICE-T)2000年代に入ってくると、利用頻度が低かったウィーン西駅から、ブダペスト東駅までの区間を運行しないということになって行きます。これが2001年です。その後、TGV東線が完成したのが2008年です。
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(TGV-EST)結局は私の登場で、引導を渡すことになってしまったのです。しかし、ウィーンまで走っている特急はかつては、音楽の天才「モーツァルト」が名前に入っているのですが、この路線を開通させたことは、時代の流れかもしれませんね。
(N)その通りですよね。時短の効果を考えると、新幹線を建設したことがかえって良かったということになると、そういう話にもなってくるのですよね。
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(LX寝台車)それはその通りですよね。そこで、「オリエント急行」が別の形で、復活することになって行きます。最近日本でもその動きが出てきておりますよね。
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(ICE-T)実は、その詳しい話は、次回になるのですが、「オリエント急行」を冠した特急列車が世界各地で運転されるようになって行くのですが、目的はただ単なる「移動手段」から「観光列車」への脱皮だったのです。
(N)ということで、次回の第9回は、「観光版オリエント急行」の成長についての物語です。
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(ICE-T)ということで、お楽しみに。