新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 07-10 「憲法とアジア諸国との間で揺れた時代」

さて、本日の話題の2本目は、「歴史もの」から「新シリーズ」の第50回、もう大台の50に到達しました。実は、この数時間前に参議院「安全保障及び平和委員会」で、「安保関連法案」の採決が行われて、法律が成立するという公算が強くなってきました。

さて、そんな中で、昨日こんなことがありました。実は、参議院委員会委員長の鴻池氏が、国会にある参議院会議室(正式には参議院第1会議室だそうだとか)を野党議員が塞ぎ、合計8時間にわたる攻防戦の末、停会の振れが出されたという事態になったそうです。

今回の話は、そんな茶番劇ともいわれたお話しです。
大平正芳氏が首相に就任してから、1年後のことですが、実は福田赳夫氏が起死回生の大勝負に出ることになります。この年に行われた総選挙で、249議席を下回ったことがきっかけです。これが、10月17日の第35回総選挙で、ここから始まったのが、「40日抗争」と呼ぶものです。
この一件で、党内抗争が始まります。この時には、三木・中曽根・福田派が反主流派で、この時に、大平正芳氏の首相の辞職を求めてきたのです。それに対して、大平正芳氏側は「総裁と総理を分断させる」、または「期限付き政権案」を提案していました。
しかし、党内抗争が激化、強硬派が勢いを増し、副総裁の西村英一氏に対応を一任すると大平正芳氏は、決断したのですが時はすでに遅く、強硬派が台頭していて、階段は結果的に決裂。
反主流派は、国会議事堂の両議員総会の会場を、バリケードで封鎖して、阻止していきますが、そこに交渉として役で登場したのが、「ハマコー」こと、浜田幸一氏です。しかし、彼が、やってきても反主流派は頑として拒絶。
そこで、浜田氏が放った演説として、
いいか、断っとくけどなー。かわいい子供達の時代のために自民党があるっちゅうことを忘れるな!お前らのためにだけ自民党があるんじゃないぞ!
という名言を残しております。
結果的には、両議員総会が何とか開催されます。しかし、衆議院本会議での首相任命に関して、主流派は大平正芳氏を、反主流派は福田赳夫氏を推薦することになります。
しかも、大平正芳氏が内閣改造を行った後もこの事態は続き、不信任決議案が野党側から提出され、それが可決されます。これが「ハプニング解散」と呼ばれており、この「ハプニング解散」が起きたのかですが、これが、今の「安保関連法案」と同時に、野党から提出される「内閣不信任決議案」を出しますが、この時に、自民党が一番恐れて、「国会の外に出てはならない」という振れを出していることがあります。

それが、どうして、「ハプニング解散」との共通項があるのか、それが、この時の解散はとんでもないものです。実は、反主流派が一斉に欠席して、「不信任案」が可決されてしまうのです。

これには、欠席したことが、つまり反対票を投じたことになり、かつ現在の政権に対する批判にも相当します。故に、福田派は現政権に対しての批判を出したことになります。故に、ここで解散総選挙に出ざるを得なくなるということになります。

次回の「07-11」では、一旦、「オイルショック」の世界的な潮流をどうなって行くのかをお話ししていきます。ということで、次回は、この話を中心に、1970年代を切ることにします。

それでは、次回をお楽しみください。