名列車列伝特集 04-2「寝台特急の言葉を作った名特急! 02」

(N)さて、寝台特急という名前が死語になりかけている昨今、その誕生が改めてクローズアップされていることをご存知でしょうか?
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(Kt1641F)実際に、特集本が発行され、「寝台特急」に乗ってみようというブームが巻き起こりました。そして、寝台特急『北斗星』が最後を迎えた本年8月にたくさんのファンが押しかけるという事態が起きます。結果的に、『カシオペア』も消滅するという話みたいですから、明年も少し寂しいお知らせをお伝えすることになるかもしれません。
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(Hs1208F)ということで、本日の話題の2本目は「鉄タビ(臨時便)」から「名列車列伝特集」の「あさかぜ」編第2回、「関西に止まらぬなら、そんな列車はいらん!」です。
(N)ということで、まだ、ビュー前のひと騒動のお話しです。実は、この寝台特急「あさかぜ」は特急運転で画期的だった点があります。かつて、戦前に運航されていた「富士」号(これもこの回で触れることになりますが)は、東京駅から博多駅間を20時間をかけて、走っておりました。そのために、お昼頃に東京駅を出発して、途中の大阪駅で夜の時間帯となり、翌朝に博多駅に到着するという設定になっておりました。
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(ICE-T)それって、大変な苦労の果てにできたダイヤがどうして問題になったのですか?
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(EF58型単色機)実は、そのダイヤをどのようにして動かすかの問題が起きていたのは事実です。ただ、特急列車として運用するのですから、どうしても深夜時間帯の東京駅出発では、ニーズが良くないという事があり、この時点では、それはだめです。だからと言って、午後1時ごろだと、実際17時間走ったとすると、朝の6時ごろに到着するという形で、非効率になってしまいます。さらに、夕方に出発すると関西を深夜に通過するという問題が浮上するというわけです。
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(TGV-SE)しかし、関西の人は大反対したのでは?
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(?)確かにその通りです。実は、国鉄大阪関係の人たちは、大反対しました。
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(ICE-T)び、びっくりした! 失礼ですが、どちら様ですか?
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(C59型)わたくしはC59型164号と申すものです。実は、わたくしが、京都駅から「あさかぜ」を引いたのですよ。
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(EF58型単色機)先輩お久しぶりです。実際に大阪からは、「そんな場所に止まらないという関西無視も甚だしい。」と文句をつけてきまして、そこで、当時の国鉄当局は、難しいかじ取りを迫られました。実際に、西部総支配人篠原武司氏は、「大阪が反対するのなら、大阪駅は通さず同駅北を通る北方貨物線を経由して運転させる、迷惑はかけない」と言って説得するなどの対応をしていました。
(N)結果的には急行列車を2本増発させて対応したので、何とかなりました。確か、熊本駅行き「天草」と博多駅行き「玄海」です。実は、2代目となります。
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(Kt1641F)しかし、その苦労も並大抵のものではなかったのでは?
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(C59型)まあ、そんなこんながあって、10月1日に寝台特急「あさかぜ」は登場することになりました。支配人の篠原さんには感謝しておりますよ。
(N)ということで、無事に「あさかぜ」は運転開始は、このように波乱と紆余曲折を経て作られたことになります。さて、次回は運転開始当時から注目の列車だったというお話を取り上げます。それでは。