名列車列伝特集 特別篇「TEEが生まれたのは時代の必然 02」

(N)さて、「TEE」には専用の客車が使われておりました。しかし、その基準はどうだったのでしょうか、本日はそれについて解き明かしていきます。
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(ADmh101型客車)ということで、本日の話題の2本目は「雑記」より、「名列車列伝特集」の「特別篇」、「TEE」シリーズの第2回となります。皆様お待たせしました。
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(Kt1641F)待ってました…というよりも、勝手に僕たちのパートをとらないで下さいよ!
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(ADmh101型客車)申し訳ありません。居ても立っても居られなくて…。わたくしたちのお話ですからつい…(^^;。
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(Hs1208F)ま、ま、そのくらいで。さて、今回の記事では、TEEの客車についてお話していきます。
(N)各国で製作されていた特急専用客車ですが、それは各国の威信をかけたものともいえました。その中で、「ワゴン・リ」社が製作した車両が有名なのですが、この車両たちが「オリエント急行」として活躍しておりました。一方、ドイツでは、それに対して、「ラインゴルト」などの専用客車を投入して対抗しますが、「TEE」という列車は、その各国で製作していた車両を「TEE」規格にするということをやったのです。
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(ADmh101型客車)そのために、わたくしの客車には特徴があります。合計8点の特徴があるのです。では、その特徴を簡単にお話ししましょう。
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(Hs1208F)8点もあるのですか厳しいですね。
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(グランコンフォールAu型)実は、わたくしも「TEE」の仲間ですよ。グランコンフォールと申します。1点目は速度とブレーキ系の3点だけど、1点目は、最高速度でこれが時速140キロを出せるようにすること。2点目は、軸重つまり車輪を支える重さのことだけど、18トンを超えないように規定されていました。続いては、わたくしたちは連結した時でも、ブレーキの誤差が出ないように、共通したブレーキを搭載することが前提条件として与えられていたのです。
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(Kt1641F)ブレーキを共通化するというのは、技術的な、ちなみに急こう配登坂時の最高速度の規定はどうなっていたのですか?
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(グランコンフォールAu型)16‰で、時速70キロが標準的なものでした。確か、近鉄車両ではどうなっているのですか?
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(Kt1641F)33‰でも最高速度は95キロ台は出ますよ。
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(Hs1208F)確か、僕にもその装備はありますね。
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(ADmh101型客車)33‰で90キロ以上! これは足腰が強いですね。しかし、日本に比べてヨーロッパでは一部の地域を除き、平原、平野が続きます。当時はまだ信号装置も、対応していたものが最高時速140キロまでで、限界といってもいいかもしれません。さて、ここからは内装編です。4点目は、乗り心地は、最高時速140キロであっても、最高水準の乗り心地を保つことと、騒音対策を万全にすること、5点目は、客室を全車両1等車で賄うこと、そのためにはコンパートメントも製作すること。6点目は、そう編成定員数は食堂車を含めてですが100人から120人とすることでした。
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(Kt1641F)定員数が、100名から120名ですか…、確か12200系先輩で2両で賄える定員数ですね【注意:モ12200型は68名、ク12300型は56名、合計124名】。少ないのでは…?
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(グランコンフォールAu型)まあ、確かに、コンパートメントは4人用と6人用という種類にもよりますが、当時はそういう需要が多いというわけではなく、むしろ少ないほうで、120名以上は入らなくても大丈夫という考え方だったのですよ。ただ、1970年代に入るその様子が一変しますが、当時はこの供給力で十分だったのです。
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(Hs1208F)確かに、その通りかもしれませんね。確か、近鉄特急も同じように3両編成という短い編成で、大阪上本町駅と宇治山田駅を結ぶ特急を運転していましたしね。
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(ICE-T)確かに、当時すべて1等で賄おうとすると、乗客数は少なるなるのがおちでしたから、現在では、1,2等を連結した車両が主流ですから、当てはまるかどうかは別の問題になります。
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(ADmh101型客車)最後は、サービス面です。こちらは2点、7点目は、飲食サービスの充実、特に暖かいものを食べられるというのがポイントでした。これは、現在でもドイツの高速鉄道ICEに受け継がれているサービスですね。8点目は、これは塗装ですが、注目してみてみるとわかりますように、クリームと赤色をまとっていることがわかるでしょ?
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(Hs1208F)確かに、そうですね。それが当時の基準だったのですか?
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(グランコンフォールAu型)そうですよ。初期の編成ではディーゼル特急にも使用されておりましたから。
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(Kt1641F)この結果で7か国の国鉄が、運航を開始したのですね。
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(グランコンフォールAu型)いえいえ、それが1か国追加されて、8か国になります。これが1957年のことです。その国の一覧を見てみると、ドイツ(西ドイツ)フランススイスイタリアオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、オーストリアです。実は車両を提供したのは、太字で示した国鉄だったのです。
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(TGV-SE)確かに、わたくしたちの国も加わっていますが、ベルギーとルクセンブルクは車両を作る工場がなかったことも関係しており、独自車両が生まれませんでした。
(N)さて、こうした背景があった「TEE」は、どのように活躍を遂げていくのか、それについては次回にお話しします。それでは。

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