新シリーズ 平和と戦争の間で揺れた日本 08-5 「アメリカ合衆国の協調と憲法で揺れた時代」

本日の話題の2本目は「歴史もの」から「新シリーズ」の第57回です。

その昔、通信は「逓信」とも呼ばれており、戦前までは国家が統率してきたという流れがあります。その流れに変化を与えたのが、「日本電信電話公社」と呼ばれる公社です。しかし、昭和50年代に入って、「日本電信電話公社」にも民営化の波が押し寄せていきます。
本日の第57回は、その流れをお話しして行きます。

実は、昭和20年代まで再びさかのぼります。
Establishment of Nippon Telegraph and Telephone Public Corporation.JPG
当時、国家の統制下に入っていたのですが…、GHQでは、国家が統括するのは、さすがまずいということで、第2の選択肢として、公社への移行を決断させます。そして、昭和27(1952)年に特殊法人化します。当時の電気通信大臣の佐藤栄作氏は、このように考えました。
「過去の例で国際電信電話に関し設備保有の会社があつたが、電気通信省の管理者としては積極的な検討はしておらず、今日のところは国家的な使命を達成する意味において公共企業体の程度には是非とどめておきたいので、公共企業体移行への準備を進めている。」
と国際電信電話株式会社に国際電話の運営をゆだねていくことになります。
これが昭和28(1953)年のことです。

ただ、実質上は電電公社の下で、電話、通信機能を「電気通信事業法」で縛ることになるのは、昭和59年のことになりますが、内閣府が「日本電信電話公社」を管理していくことになります。

ところが、昭和50年代に入って、
事業内容は日本電信電話公社法3条により「公衆電気通信業務及び付帯業務」とし、この業務は、電話サービス、電信サービス(電報・加入電信)、データ通信サービス、専用サービスに大別させているのですが、それが以下の4項目です。

電話サービス
電話サービスの拡充を図ることを目標とし、昭和28(1953)年度以降、電信電話拡充改良5ヵ年計画を実施。この計画は、「加入電話の積滞解消」「全国自動即時化」を2大目標とし第5次5ヵ年計画において、需要充足率91%とほぼ達成された。さらに昭和53(1978)年から昭和57(1982)年6次計画を実施した。
電信サービス
電話サービスの普及に伴い、電報サービスは昭和38(1963)年をピークに需要減少傾向となった。加入電信サービス(テレックス)は、企業の情報取得の担い手として順調な伸びを示したが、ファクシミリ端末の普及等に伴い需要減少傾向となった。
データ通信サービス
昭和46(1971)年の公衆電気通信法の改正により、専用データサービス(特定企業体等の需要に応じる)、専用データ通信サービス(特定企業体等の需要に応じる)、加入データ通信サービス(不特定多数の需要に応じる)とし法定業務として制度化された。
専用サービス
高速模写伝送、映像伝送といった伝送内容の形態の多様化、情報の多様化により、需要拡大傾向となった。

ところが、昭和50年代に入って、第六次5ヵ年計画開始。加入電話の積滞解消以降、電話通信の参入自由化及び、パケット通信の自由化と、ファクシミリ通信の自由化が求められておりました。
これの理由は、法的な制約が厳しく、事業運営上必要最小限の範囲で委託会社などへの出資しか認められていなかったことですが、組織の肥大化などが、ネックになったこともあって事業領域の拡大をめざすため、再編成化されていくことになります。

それは、3社で、地域電気通信業務及びこれに附帯する業務等を業とする東日本電信電話(NTT東日本)と西日本電信電話(NTT西日本)、長距離電気通信業務及びこれに附帯する業務等を業とするNTTコミュニケーションズ(NTTコム)となっていったわけです。

結果的に、現在もNTTはほかの通信会社を、圧倒しておりますが、その大本は、この民営化であったといわれております。おそらく、この電電公社の民営化も、電気通信事業への新規参入および電話機や回線利用制度の自由化の機運が高まってきたことによるものであり、それはアメリカ合衆国が求めた民営化だったのではないかと、わたくしは考えてしまいます。

ちなみに、実は電電公社時代からの略称名が、現在のNTTに使われているというのを皆様ご存知でしょうか。どうしてなのかというと、現在のNTTは「日本電信電話公社」の「公社」が取れた株式会社です。電電公社も英語の略式名称はNTTになります。実は、もともとの呼び名を、新たな意味を付加してつけ直したというのが本当のところです。
NTT company logo.svg
ただ、ロゴマークは以前のとことなり、民営化時にデザインされております。

現在日本の通信を引っ張るNTT、その前身がこの関係で取り上げられたことは意味があるかもしれません。
ちなみに、同じく携帯電話でNTTドコモとライバル関係にあるAuこと、KDDIの祖先の一つが、なんと国際電信電話が母体で、第二電電と日本移動通信を統合して現在の会社名となっていることも、何かの縁かもしれません。

通信の民営化、自由化をめぐる動きは今に続いているといっても過言ではないかもしれません。ということで、最後はしまりが緩くなってしまいましたが、次回「08-6」は、ついにJRの前身、日本国有鉄道の民営化にスポットを当てます。これは、国鉄の民営化と現在のJRのお話が、少しずつ絡んでいくのでかなりややこしいですが、それについての書籍も紹介する予定です。それでは、次回をお楽しみに。