名列車列伝特集 04-7「寝台特急の言葉を作った名特急! 07上」

(N)さて、昭和40年代に入り、東海道新幹線の開通によって在来線の寝台特急は、東京対九州のみならず、関西対九州、上野対東北、関西対東北という関係で、増発が行われて行きます。関西対九州は「あかつき」編で、上野対東北は「はくつる」編で、関西対東北は「日本海」編にてお話します。ということで、今回は東京対九州間寝台特急傍系列車の紹介、後編です。
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(Kt1641F)ということで、本日の話題の2本目は「鉄タビ(臨時便)」から「名列車列伝特集」の第4段、「あさかぜ」編第7回をお送りします。
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(Hs1208F)確か、「みずほ」の後編ですよね。しかし、軽量客車の連結比率が高くなっていた編成を採用していたとは、私も驚きました。
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(EF65型P)それは、そうだと思うのですが、「みずほ」はデビュー時、暫定的な編成を組んでいて、それが前回紹介したこの編成です。
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21B1D2s2s22s2s2s22
スハフ
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オロネ
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スロ
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オシ
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ナハネ
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ナハネ
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スハフ
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ナハネ
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ナハネ
11
ナハネ
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スハ
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スハフ
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全区間連結東京 - 博多間連結
この編成でした。そして、寝台車両の需要にこたえるために、12号車を2等寝台に変更して対応します。
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スハフ
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オロネ
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オシ
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ナハネ
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ナハネ11スハフ
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全区間連結東京 - 博多間連結
しかし、それでは、他の九州特急とは差ができてしまう。増発要求に対応するために、暫定的でありながらも、旧型客車に応援を求めざるを得ませんでした。
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(ICE-T{通称:イタリア系ドイツ人w})ということは、特急としては扱いが一番下だったことですか?
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(Kt1641F)おそらく、そういうことになるのでしょうね。
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(EF65型P)いえいえ、実際のところ、20系寝台客車は車両の製造は間に合わないという事態に直面しており、需要比率が高すぎたというのが本当のところです。
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(Hs1208F)なるほど、しかし、不遇の時代も2年で終わりを迎えたというわけですね。
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(EF65型P)その通りです。実際に変化が起きたのが、昭和38年10月1日改正からで、この時20系寝台客車を投入したのです。その時の編成がこちらです。
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カニ22

ナロネ22

ナシ20

ナハネ20

ナハネ20

ナハネ20

ナハネ20

ナハフ21
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ナロネ21
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ナハネ20
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ナハネ20
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ナハネ20
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ナハネ20
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ナハフ20
この時の特徴は、熊本駅行きの基本編成以外に、以前は博多駅で折り返した編成が、別の行き先になっていたということです。
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(Kt1641F)別の行き先?
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(EF65型P)そうです。この後紹介する「富士」と深くかかわって来る列車です。
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(Hs1208F)確か、九州特急でって、ちょっと待ってくださいよ、もしかして、この編成は「さくら」の編成と同じでは?
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(EF65型P)鋭いところを突きますね。その通りでこの編成は、寝台特急「さくら」の編成ときょうつ運用しておりました。ところが、この編成の後ろは大分駅行きだったわけです。
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(Kt1641F)そうか! 日豊本線の対東京方面特急はありませんでしたよね。
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(ICE-T{通称:イタリア系ドイツ人w})しかし、アクロバティックな編成だったのですね。そういえば、編成を途中で分割した場合、固定客車ならば、電源をどうするのか、その問題は頭をもたげますよね。
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(Kt1641F)まさか、あの手を使ったのでは?
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(ICE-T{通称:イタリア系ドイツ人w})あの手?
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(EF65型P)1641編成さん、考えていることは当たっておりますよ。
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(Kt1641F)そういうことでしたかwwww。簡易電源車両を用意していたのですね。国鉄も何をしているのやらwwwww。
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(EF65型P)ところが、それから1年後の昭和39年10月1日、つまり、「東海道新幹線」開業ダイヤで、この二層建てはわずか1年で消滅することになりました。
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(Kt1641F)やはり、そういうことでしたか…。ということは、「富士」がその役目を担ったわけですね。
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(EF65型P)そうです。しかし、この列車も、少し、不思議な経歴を持っておりました。
(N)ここで説明をさせていただきますが、実は「富士」は長距離特急としては、「さくら」よりも古く、さかのぼりにさかのぼって明治45年にデビューした1等、2等特急までたどり着くことができます。
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(Kt1641F)えっ、ちょ、ちょっと待ってください。だとしたら、「つばめ」よりも古いということになるのでは?
(N)そういうことです。そして、昭和3年以降は名称の公募で東京対下関間特急として愛称が与えられました。しかし、昭和17年の関門海峡トンネル開通後、長崎駅まで延長されました。しかし、昭和19年に急行列車に格下げされた挙句、博多駅まで短縮された形で、残ったのですが、その結果愛称が消滅してしまいます。
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(EF65型P)その話から引き継ぎますが、実は、寝台特急として「あさかぜ」が採用されるまでも、紆余曲折があって、「富士」が候補に挙がっていたのですよ。