名列車列伝特集 05-2「書籍にもなった伝説の名特急! 02」

(N)昨週、3本目の記事ができず申し訳ありませんでした。
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(Kt1641F)まあ、仕事では、体が資本ですから…大丈夫ですか?
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(Hs1208F)そうですよ。無理しないようにしてくださいね。ということで、本日のタイトルコールですが、「名列車列伝特集国内編」から「名列車列伝特集05-2『書籍にもなった伝説の名特急! 02』」をお送りします。
(JNR151s)さて、お話をする前に、長距離電車列車のお話から始めていかないといけませんが、長距離列車を電車が担当するのは、今の日本では、当たり前の光景になったのですが、前回のお話で、南海電鉄の7100系7189編成さんがお話してくださったことを思い出してください。
(N)戦後初期は、電車の役割は、どうあがいても中近距離を走る路線での通勤利用がもっぱらだったわけです。その状況が変化するのは、戦後の始まりだったというわけです。
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(TGV-Pos)しかし、分散式に転換していったのは、どうしてなのでしょうか?
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(Nk7189F)実は、この当時は長距離列車を運転していたのは、私鉄だけでしたが、国鉄でも車両の開発が始まっていたのです。しかし、長距離列車を運転させるには壁が立ちはだかることになります。
(N)そのころ、昭和24年に発足した日本国有鉄道でも、その戦後復興への課題が議論されていたわけです。しかし、当時の長距離列車は客車列車が主流でした。ところが、
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(マイテ49型)実際に客車列車を使用していた当時では、東の沼津から、関が原を越えて京都までの区間での電化が進まないという状況の下では、機関車交換が発生するうえ、電化されたとしても安全面での対策が不十分だという話もあり、客車列車の電車への変更、および気動車への変更が相次ぐわけです。
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(Kt1641F)根本的な問題というと、機関車の引く列車では、スピードを上げようにも上げられなかったということになるのですね。
(N)いやいや、少し異なる部分もあるのよ。実は、スピードアップはもともとレールの問題も絡んでくるので、機関車に非があるということにはならないわけです。
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(Kt1641F)しかし、どういうことですか?
(N)実際にブルートレインの場合は、ブレーキ技術の改良によって生まれた新型客車によって、スピードアップができました。それを考えると、先ほどの回答が正しいとは限らないということになります。
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(Kt1641F)「さくら」編、「あさかぜ」編を見ていて、疑問に思っていたのですが、ようやくわかりました。
(JNR151s)そういうこともあって、東海道本線の近代化は急務となっていたのです。
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(EF58型)そして、昭和31年10月に東海道本線の全線電化が完成したことを機に、電車での長距離列車の運転の可能性にかけることにしたのです。
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(Nk7189F)しかし、それより遡ること、7年前に電車列車を走らせる動きは始まっておりました。昭和24年、日本国有鉄道の技術者だった島秀夫氏は、日本国有鉄道で中距離列車の運転の計画を立てました。それが、80系電車です。
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(クモハ157型)実は、昭和20年代当時は、長距離列車を運転するのは不向きだという、固定観念では、客車列車が主流です。しかし、なぜ、島さんはそこまでしたのか気になりますよね。
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(Nk7189F)そこで、電車の利点を生かすのです。
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(TGV-Pos)電車の利点を生かす?
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(クモハ157型)電車の利点というは、運転台のついている車両と、そうでない車両を巧みに組み合わせますよね。それによって、機関車が一人引っ張る力を、分散して動かすことができるということになりませんか?
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(TGV-Pos)た、確かに、わたくしの場合は客車を連ねるスタイルですから…。機関車を両方に着けておりますし。
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(クモハ157型)しかし、それでは不便な部分もあるわけです。しかも列車の本数、客車を休めるスペースを確保できない日本では、世界初という試みを行っていることが多く、昼夜兼用の車両を製作した世界を驚かせて来たというわけです。
(JNR151s)ということで、湘南電車がわたくしたちを発展させたのか、次回の「05-3」で詳しくお話しましょう。