名列車列伝特集 05-3「書籍にもなった伝説の名特急! 03」

(N)だいぶ久しぶりの投稿となりましたが…本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集国内編」の第5弾「こだま」編をお送りします。
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(Kt1641F)だいぶお久しぶりですね。元気でしたか?
(N)元気ですが、この3月中旬で、職を失う羽目になりました。
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(Hs1208F)また、職探しの旅に…。
(N)今度は腰を落ち着けて、頑張りますよ。その話はいいとしまして、本日はこの人をゲストに迎えております。
(クロ151型)こんばんわ。皆様ご無沙汰してしまいました。のちに181系を名乗る当初は、「こだま」型車両のクロ151型と申します。さて、前回までの話続きをしておきますと、戦前、電車は都市間輸送を行うだけのものとみられておりました。それは戦後も、初期の段階まで続きます。しかし、電気技術の発達、電化の西への延伸、大都市のみならず、地方までも拡大される現実に、もはや客車列車では、対応しきれなくなりそうな事態が起きることになってくるのです。
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(Nk7189F)また、当時の日本は、戦後の復興から立ち直りかけている時代でもあり、昭和25年には「チョソン動乱」の呼び方もある「朝鮮戦争」が勃発してから、経済は急回復、いわゆる「高度経済成長」の幕開けとなる、「伊弉諾(いざなぎ)景気」へと向かいます。
(N)このころですが、日本は「中流階級」を育てようという時代でもありました。「一億総中流」という時代です。
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(Kt1641F)しかし、島さんというお方は、すごいことをやってのけたと伺ったのですが…。
(クロ151型)実は、わたくしの任命された「こだま」も関係している話ですので、その話は、まだ先ですが、さっそく湘南電車こと80系が登場して、中距離を担当することを証明することとなる車両ですが、その話は、すごいことになります。
(80系電車)それについては、私から詳しくお話します。実は、この車両は島さんにとっては、失敗作といわれたわけです。
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(Hs1208F)えっ、失敗作⁉
(80系電車)実際に言うとわたくしが原因ではなく、63系という車両が、火災事故を起こしたことによって、実質上の失敗作となってしまいました。
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(Hs1208F)そういうことだったのですね。その島さんが復帰した後に、取り掛かったのが「こだま」型車両だったわけですね。
(80系電車)そうですね。実は、私が優等列車を初めて担当したのが、準急「あまぎ」でした。この列車は、後々、特急の名前で知られるようになる「踊り子」号の前身にあたる列車です。
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(Kt1641F)「天城越え」の天城峠ですね。
(80系電車)その通りです。その名前で投入した列車ですから、当然のことながら、伊豆方面の列車であることは間違いなく、当時としては、これで十分の成果といえたものでした。ところが、島さんが復帰した昭和31年では、状況が大きく異なっていたのです。主に3点あります。第1点は、電化区間の延伸。第2点は、車両制御などの技術向上。第3点は、人々の要求した快適性の向上です。
(クロ151型)そこで、私が登場させた大きな理由が見えてきます。まず、このキノコ型の突起は、今の車両に欠かせないあるものを搭載しておりました。実は、これもあるお方に譲ることになりますが…。
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(Nk7189F)おそらく、旧モハ2001型電車のことを指します。実は、エアコン機器を特急車で搭載したのは、戦後の151系が初の試みでした。戦前では、客車列車とわたくしの所属している。南海電鉄の前身、南海鉄道電9型、のちのモハ2001型が試験的にエアコン機器を搭載しておりました。それ以来の技術となります。
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(Hs1208F)意外ですね。関西で初のエアコン機器を備えた車両がいたなんて…。
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(Nk7189F)いやいや、当時は、クーラーですよ。だから、暖房機能は想定していなかったわけですよ。
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(Kt1641F)そういえば、戦後に登場した2250系先輩も冷房搭載車両でした。確か一般車両時代の頃に先輩がお会いしていたのですが、「あのでっぱりは何ですか?」と聞いたところ、「これは、クーラーだよ」と答えてくださったのだそうです。
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(Nk7189F)そういえば、2250系さんは、151系電車さんより、先輩にあたると思いますが。
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(Kt1641F)そうですね。昭和28年生まれですし、その5年後に151系さんが生まれております。
(クロ151型)まあ、そういうことで…。
(80系電車)いやいや、まだ、わたくしの説明が終わっていませんよ!
(クロ151型)すみません(´・ω・`)。
(80系電車)ということで、お話を続けます。車体は、車両の端に寄せていくという形をとるのですが、これは後々の急行車両のスタンダードとなります。そのドアの付近には、ロングシートを配置、準急(急行)車両用は、オールセミクロスシーととなるのですが、このスタイルはその後、近郊車両の源流ともなりました。実際には、初期車両が東京近郊の普通列車、快速列車に運用されておりました。当時の編成は、次の通りです。

Tc86+M80+T87+M80+Ts85+Ts85+M80+T87+M80+Tc86

これを基本編成とします。
(N)これって、東海道本線、横須賀線などの基本的な編成と似ておりますね。
(80系電車)そうですね。あまり変わっていないですね。確か、最新編成という場合は、E233という後輩がいますが。

Tc+M+M+M+M+Ts+Ts+M+M+Tc

の構成ですし、基本的にはわたくしを踏襲しているといえますね。また、これに付属編成を足して15両としたのは、鉄道先進国から見ると驚きだったそうです。これ以上話すと、時間が足りなくなりますね。ということで、次週に回します。
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(Kt1641F)楽しみです。ということで、次回をお楽しみにしてください。それでは。