名列車列伝特集 05-4「書籍にもなった伝説の名特急! 04」

(N)さて、本日の話題の2本目は、お待たせしました。「名列車列伝特集国内編」の第5弾「こだま」編第4回です。
(80系電車)さて、続きですが、冷房搭載車両が希少だった当時、私たちの車両は、準急用であっても扇風機を装備しているのが当たり前というころ、冷房搭載を目指していた旧国鉄技術陣は、その施策的な要素として、このような形のクーラーの試験を始めました。実は、その発展形が、80系気動車などにも生かされております。
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(キハ81型)そうです。上に載っている、キノコ型のでっぱりが、それですね。実は、これは、80系電車のテストが元になって、この形になっているのですよ。
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(Kt1641F)ということは、わたくしたちの先輩も後々参考にした、冷房機器類がどのように、作られたのか気になりますね。それより、タイトルコールですが「名列車列伝特集国内編」より「書籍にもなった伝説の名特急!」の第4回をお話します。
(80系電車)先ほどから、突っ走ってしまいましたが、私たちがエアコン機器の先駆けとなるクーラーを装備した車両は、私たちの1両が使用されました。当時は等級制が主流で、2等車に搭載したのです。
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(Hs1208F)あの~、疑問が残るのですが、等級制と現行の普通車の制度というのは、どう違うのですか(・・?。
(80系電車)当時の等級制は、3等制度となっておりまして、最下等を3等とし、中等を2等、最上等を1等とした形を取っておりました。実はこれは雲泥の差があったのですよ。当時の大作家で、大の「鉄ちゃん」として知られている内田百閒氏は、『阿房列車』と呼ばれる小説の第1巻で、東京から大阪まで往復する行程を、行きが1等、帰りを3等寝台で、走ることになりました。その差は、歴然としておりました。当時は3等と1等の差が、4倍です。
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(Hs1208F)普通運賃で?
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(Kt1641F)ま、まさか?
(クロ151型)その通りです。実は、普通運賃で、この金額です。
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(Kt1641F&Hs1208F)えーΣ(・□・;)!
(N)当時としては、高嶺の花にはエアコン機器を備えていたのですが、それ以外のところでは、扇風機が主流でした。
(80系電車)そこで、その2等車両を使った実験は好評で、名物となったのですが、すべては、来るべき特急運用への布石だったということにほかなりません。
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(Nk7189F)実は、その後、民鉄でも同様の動きが加速していたのですが、その動きが一般車両に波及するようになるのは、昭和40年代後半に至ってからですので、いかに、ビジネス特急が高嶺の花だったかがお分かりいただけると思います。
(クロ151型)しかも、当時の東海道本線を走る私たちには、ほかにも課題がありました。それが当時の食堂車の事情です。これをどのようにして、変えたらよいのか、旧国鉄技術陣は、その部分にもメスを入れることになりました。
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(マイテ49型)当時は、食堂車は冷房搭載車両として活躍していたものが多かったのですが、客車特急から電車、ディーゼル特急への変更により、置き換えるところが多くなろうとしておりました。加えて、定員の確保も課題となる中で、新たにビュッフェと呼ばれる「立食」スタイルの車両を入れるというのが、模索されるようになります。
(クロ151型)実は、特急型では、わたくしが採用したのですが、その間に急行用車両が開発され、80系の後継車両となる153系電車を皮切りに、急行車両の定番として製造が続けられ、多くの車両形式に組み込まれる定番アイテムとなっていきます。
(80系電車)そのきっかけだったわたくしは、なぜか外されていたのですが、この理由は何かわかりますか?
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(Kt1641F)中単距離を想定して、製造されたためですか?
(80系電車)大正解です。実は、わたくしの系列のうち、準急系統を除いて、主に、近郊車両としての運用が大前提にあったことから、この設備を設置できるほどの余裕はないと判断したと考えられます。
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(Hs1208F)なんと…(´・ω・`)。
(80系電車)仕方のないことです。実は、この「立食」スタイルを確立するうえで、実は、さらに一つ問題が起きるというわけですが、その話は、151系さんに譲りましょう。
(クロ151型)ということで、次回は、「立食」スタイルか「座食」スタイルかについてお話します。
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(Kt1641F)なんだか、楽しみです。ということで、次回をお楽しみに。