留学生が見た日本の心―熊本大地震から―

皆様おはようございます。本日の話題は2本あります。最初の記事は「∟車両部(新近畿車両)」ではなく、「がんばろう熊本【熊本大地震関連】」から、「∟車両部(新近畿車両)」の記事は2本目に回します。ちなみに、本日も場合によっては、3本に増やす可能性がありますので、ご了承下さい。

本日で、前震から1週間が経過しましたが、本震からは5日経過しており、余震もピーク時に比べると収まってきたという状況となってきております。ただ、熊本県内の被害が大きいためかすんでいるのが、大分県の状況です。本日は、『産経新聞』の昨日(4月20日)にネットで配信された記事から、目に留まった記事をお送りいたします。

2日前の記事で、大分県の地震発生時刻を書き間違えておりました。正確には、4月16日午前7時11分でした。お詫び申し上げます。申し訳ございませんm(_ _)m。

ということで、今回の記事についてのお話をさっさと始めましょう。
震度6弱(午前7時11分の地震ではなく、熊本県で発生した同日午前1時25分発生の地震での震度)を観測した別府市では、立命館大学の系列校である立命館アジア太平洋大学があり、そこで世界80か国、総人数3000人の留学生が、別府市内で暮らしておられたそうで、別府市自体が全国都道府県市町村を含めて、留学生割合が一番高いというデータがあります。
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同大学(画像)の留学生の一人で、日本とともに地震国といわれているインドネシアの留学生のお方を産経新聞の記者が取材でインタビューしたところ、日本の震災対応に驚いたと述べておりました。

「母国では、避難所がこんなに早く立ち上がり、ましてや、おにぎりや水が配られることはありません。日本人は落ち着いている」(原文抜粋)

確かに、地震を幾度となく経験してきた日本では、当たり前と思われていることですが、留学生の方々から見ると新鮮というよりも、見習うべきところがあると感じ取っていたようです。

一方で、地震の恐怖がない国々では、どうしていいのか分からないまま、立ち尽くした方もいたようです。実は、私もこれに似た経験を5年間の「東日本大震災」で経験しておりました。
3月11日の午後2時46分のことですが、この時に大阪では震度4を観測し、ゆらゆら揺れたことを覚えております。この時点で上の階にいた、留学生が恐怖で声を上げたことを記憶しております。
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今回熊本県と大分県で起きた一連の地震でも、同じことが起きていたのは事実のようです。

ただ、この地震で大きな打撃を受けているのが観光業といわれております。では、その留学生の体験を、インド出身の留学生のお方は、いったん高台に避難した後、アルバイト先から、「通訳が足りないので対応してほしい」という呼び出しを受けて、ホテルに直行、ほかのスタッフ(地元別府市在住)とともに、安全確保のため対応されていた光景を目撃します。

その方は、その光景に感動を覚えたそうです。

「自分の命を守りたいと思っているはずなのに、まずお客の命を優先している日本人に感動した」(原文抜粋)

まさに、おもてなしの心と、安全確保を優先する日本の心を、読み解いたと言ってもいいかもしれません。また彼には、「終戦から70年で復興した日本の底力のがどういうものか見つけることができたかもしれない」とも述べておりました。

彼が出した答えは、

「日本は逆境に負けない国だ。その理由は、どんな問題があっても、自分より他人を優先する日本人の民族性なんだ」(原文抜粋)

ということだそうです。さて、明日は、今回の地震の3震源地のうちの一つ、南阿蘇村における避難施設で奮闘する中学生と、高校生のお話を掲載する予定です。

それでは。