避難所を運営しているのは中高生? ある避難所の小さなお話

本日の話題の2本目は、「がんばろう熊本【熊本大地震関連】」の記事となりました。

さて、前震から1週間が経過しました。しかし、多くの被災者が自宅に戻りたくて戻れないという状況が続く中で、本日は熊本県内で一番被害が大きかった町で、実際に携わっているお方のお話です。

熊本市内からだと普段は、立野駅まで各駅停車1時間、そこから24分に、阿蘇白川という駅がありますが、今回の舞台はこの近く、白水保健センターです。
ここを、産経新聞の記者が取材した時の記事が、一昨日のWeb版に掲載されておりましたので、それをご紹介いたします。

さて、場所を整理しますと、
イメージ 1熊本県南阿蘇村吉田地区、この場所に「白水保健センター」があります。

ここの「白水保健センター」に、被災者が多くおり、ピーク時には約200人(時期については詳細を記していないため不明)が身を寄せておりました。ところが、職員は30名しかいないという状態、これでは、仮設トイレの設置などの避難所の運営で手一杯という状況の元で、将来を担う子供たちが、特に中高生がボランティア活動に名乗りを上げたのです。

今から5年前の東日本大震災でも、中学生が早い判断をして、被災者数の増加を食い止めた例があります。それに、子供たちの力が、被災者を少なくした例は多いといわれております。
今回の記事でも、子供たちの活躍は目立っております。熊本県立翔陽高校2年の米岡明日翔さんにインタビューをしてみたところ、「自分たちが動かなければ、高齢者の方たちの不安を取り除けない、また、職員におんぶにだっこの状態では、彼らが体を壊してしまうから…。」
実は、そのお方も、地震で自宅が損壊を受けていたそうです。
さらに、中にはこんなお方も、南阿蘇村立南阿蘇中3年の河津奏人さんの場合は、

「自宅に戻れず今後どうなるのか不安だが、僕らのような若者が頑張らないといけない」(原文抜粋)

と話してくださったのですが、彼が体験したことは、土砂崩れで自宅が孤立、ヘリで避難してきたというのです。
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実は、阿蘇山の外輪山に南側を囲まれている南阿蘇村ですが、阿蘇山自体は火山ですから、その火山灰が堆積層を作り出すために、もともと地質が柔らかいという特徴があります。
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そのために、今回の地震で、土砂崩れが相次いでいたのは、この地質が揺れによって、くずれたことによるものです。おそらく、その恐怖は図ることはできないというしかありません。
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現時点でも、阿蘇大橋が崩れた一帯も、土砂崩れに大量の土砂が流入したことにより、豊肥本線(大分に向かう重要観光路線、なお豊後竹田などの観光地が点在する)も寸断されており、いかに、火山噴火による堆積物がもろいのかを露呈させたのは否めません。

ただ、白水保健センターの被災者の若者の行動は、村役場職員だけでなく、被災者たちも勇気づけております。
村内で温泉会社を経営する河津謙二さんの言葉で最後は〆ます。

「通行止めが続いて営業再開の見通しが立たず、頭を抱えていたが、彼らの姿を見ていると希望を感じる。私もまだまだ頑張らないといけませんね」(原文抜粋)

若い力が人を変える。人が変われば、地域が変わる。地域が変われば、国が変わる。

そして、子供たちの奮闘は今も続いているとのことです。それでは。