岩手で被災して、進学先でも地震に遭ったとは! 後編

さて、本日の話題の2本目は、「がんばろう熊本【熊本大地震関連】」から、「岩手で被災して、進学先でも地震に遭ったとは!」の後編です。

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熊本県で被災した被災者の中には、東日本大震災を経験された方もおられると、昨日の記事でお届けしました。しかし、中には…という話を本日はしていきます。

配信記事は、4月22日と1月前の記事に戻ります。今回の紹介する記事の舞台は、再び南阿蘇村です。
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本日のニュース報道で、東海大学の南阿蘇キャンパスの断水が解消したというお話がありました。実は、この学生の中において、東日本大震災を経験された方がいたのです。

東海大学1年の加藤木高広さんは、5年前の3月11日の東日本大震災が起きた時に、仙台で被災下という経験を持ちます。東日本大震災発生時の仙台市で、観測した震度は5強から6弱というもので、被害が大きくその中で、「いつでも地震に対して備える」という教訓を学んだつもりだったのかもしれません。そして、今回起きた一連の地震で、彼は再び地震で被災、改めて地震に対しての「備え」に向き合おうとしております。

加藤木さんが、16日の本震に遭遇した時、南阿蘇村の自宅アパートで読書中だったところを激しい揺れが襲うことに、そして、必死につかんだ布団で思ったことは、

「これは、東日本大震災の規模とほぼ同じだ」

と、しばらく動かずじっとしておこうと考えていたのだそうです。実は、東日本大震災の時は、中学校2年生だった加藤木さん、その時に大きな被害を受けた自宅などを目の当たりにし、防災用品をそろえておくことの重要性を認識しておりました。今回、なぜそれができなかったのか、加藤木さんはこのように話してくださいました。

「おそらく、九州という地方に地震のイメージはなく、水害、土砂災害のイメージが強い、そのため、地震に対しての備えが行き届いていなかった」

と改めて教訓をかみしめていたそうです。

加藤木さんが、地震発生後にふと気づいたのは、ガスが漏れたときに出るにおいで、それに気づいて、避難しようとしたのです。しかし、こたつの上に置いていたメガネが地震の揺れで、どこかに紛れてしまったため、懐中電灯(携帯電話)を手に、避難場所まで何とか歩いたのだとか、その時に、電線に接触しかけたのが怖かったと彼は回想しておりました。

今、どこで地震が起きてもおかしくない今日、私たちは常に地震に対して、敏感すぎないように、また、鈍感にならないように、心がけているものですが、時には、思わぬ形で足をすくわれることもあります。

がまだす!

今は、前を向いて歩いていきましょう。次回は、被災者からのメッセージとして、「西原町の私道崩落による自己負担の現実」という記事を取り上げます。それでは、次回をお楽しみに。