経済的な余裕なし 後編

本日の話題の2本目は、「がんばろう熊本【熊本大地震関連】」から「経済的な余裕なし」の後編をお話します。

昨日の記事では、熊本県内の状況についてお話しました。今回の話は、
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南阿蘇村などが絡みます。熊本市内で奮闘する世界的に有名なイタリアンレストランのシェフについて、産経新聞社配信記事で追っていきます。

実は、熊本県は、昨年の世界遺産認定員会で「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」に指定されております。そこに三角西港が登録されておりました。今回の一連の地震で、その場所がどうなったのかという問題もありますが、ここで、どうして世界遺産の話をしていくのかですが、ここにかかわっていたのが、イタリアンレストランのシェフ、宮本建真さんです。

さて、おさらいとして「世界遺産」とは、

昭和47(1972)年11月16日のユネスコ総会で採択された「世界遺産条約」こと、正式には「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」によって、世界に散らばる遺産を保護していく事を推奨したことによって、できた言葉です。
まず、経緯は割愛して、選定条件を述べると次の通りになります。
世界遺産登録基準:

(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。

(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。 

(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。

(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

(5) 特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。

(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

(7) ひときわすぐれた自然美及び美的な重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの。

 (8) 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには、生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。
 
(9) 陸上、淡水、沿岸および海洋生態系と動植物群集の進化と発達において、進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本であるもの。 

(10) 生物多様性の本来的保全にとって、もっとも重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

これは、このうち、2つ以上の条件が当てはまれば、認定されるという仕組みになっております。初めて世界遺産が登録されたのは、平成6年の京都市内が最初で、昨年の明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の指定を受けて19件に上っています。

少し長いおさらいとなってしまいましたが、この世界遺産の含む地域として、一連の被害に遭ったのが、熊本県三角地域を含めた熊本県内でした。
この宮本さんも、熊本県内でもう一つのことにより組んでおりました。それが、熊本県内でのもう一つの「世界遺産」を取得するという活動で、これは、本家よりも3年先に達成していたものでした。
それが、「世界重要農業遺産システム」と呼ばれるもので、本家が不動産を指定するのに対し、「農業遺産」では、農業伝承を中心としたものという点にあります。これとは別に民俗的な「無形文化遺産」というのもあるのでややこしいのですが、「農業に特化」したことを言うとその通りかもしれません。

宮本さんは、その南阿蘇村を含む阿蘇地域で農家の方々を支える活動をしております。実際に、宮本さんの営みお店は、今回の地震で休業状態にすることになってしまい、それでは、被災された方々を援助していこうということで、炊き出しに走り回っているそうです。
宮本さんは、このように話しております。

「良い食材を提供する農家が少なくなれば、食文化の崩壊につながる。それを守れるのはレストランが良い食材を使い、良い料理を提供していくこと。『レストランが文化を守る』という教えです」

と、これは、イタリアに留学したときに、地元のイタリアンレストランで働いていたころの恩師がかけた「農家を守るのはレストランの役目」という、考え方からきていると話してくださっております。

確かに、おいしい食べ物を私たちが食べられるのは、その素材を作ってくださった多くの方々、そしてそれを運搬する方々の努力によって私たちのもとに届きます。それを考えると、私たちは幸せなのかもしれません。
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また、宮本さんは、

「被災農家にはできる限りの応援もしたい。全国のたくさんの人が今、熊本に関心を寄せてくれている。ピンチをチャンスに、熊本が一つになって頑張るきっかけにしたい」

と述べておりました。

がまだす!

そう、この言葉が、今回の話にはふさわしいのかもしれません。ということで、次回の記事ですが、次回は「どうか僕を助けて!」というタイトルにしまして、南阿蘇村で起きた阿蘇大橋崩落事故に巻き込まれた大学生の捜索活動についてお話します。
それでは、次回をお楽しみに。