名列車列伝特集 05-10「書籍にもなった伝説の名特急! 10」

(N)皆様お待たせしました。
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(Kt1641F)いや~、長かったですね。
(N)1641編成さん、すっかり、ご無沙汰してしまいました。
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(Hs1208F)そうですね。地震関連で、てんてこ舞いでしたし、大変だったのですよね。そういえばナレーターさんの友人が、熊本でしたよね。
(N)ええ、私の大学時代の友人の一人に、熊本県玉名市の方がいました。
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(Kt1641F)それは大変でしたね。さて、本日復活した「名列車列伝特集」は「こだま」号編の第10回ですが、その前におさらいと参りましょう。第1回から第9回まで簡単にまとめてみます。実は「こだま」に使用された20系電車、のちの151系、最終的には181系電車ですが、この車両には日本国有鉄道ではなかった技術が、使用されておりました。一つは、乗り心地をよくするための座席(第6回)、車体構造及び台車、連結器(第7&8a&8b回)、エアタオル(第5回)、電子レンジ(同じく第5回)、冷房装置(第3&4回)と当時の最高技術をふんだんに使用した最新鋭の車両でした。今回の第10回では、ハニカム構造についてお話します。
(クロ151【のちクロ181、またクロハ181】型)そもそも、はにかむ構造というのは、飛行機の世界で使用され始めた技術の一つで、あの有名な堀越二郎氏が「ゼロ戦」こと零式艦上戦闘機で、採用した軽量化構造です。実は、はちみつを取るときのハチの巣の構造をそのまま採用したというのが、語源だが、ハチの巣って見たことがあります?
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(Hs1208F)イ、いいえ…(^^;。怖いですから(-_-;)。
(クロ151【のちクロ181、またクロハ181】型)ハチの巣、昆虫の複眼、亀の甲羅といったのが、自然のハニカム構造といわれており、輸送用のもので採用を開始したのが航空業界のほうでした。その一例として、金属と木材を多様化させたペーパーハニカム構造が使用されたという例もあり、イギリスの爆撃機「デ・ビラバンド・モスキート(DH98型爆撃機)」は、重量が6490キログラム、運工事で8210キログラムとなっておりました。一方、零式艦上戦闘機は、初期の21型が2421キログラム、最終の54型でも3150キログラムですが、双発機か単発機の違いがあるため単純な比較はできません。
(153系)181系さん。誤りがありますよ。
(N)そうです、151系はハニカム構造を採用したという記述がありませんでした。それがどういうことなのかと申しますと、「セミ・モノコック工法」です。これは、10系車両で導入されている形です。
(153系)そういえば、前の記事で、話していた「モノコック」式ですね。
(クロ151【のちクロ181、またクロハ181】型)私は、ハニカム構造を導入していたと誤ってきいておりました。
(N)実は、ハニカム構造を初採用したのは、小田急3000形(初代)ですが、これが昭和32年のことです。ただ、翌年の昭和33年に181系のもとである151系の開発が始まっているため、この形としたのです。しかも、この小田急3000形は国鉄との共同開発ですから。そこでハニカム構造を取り入れようとしたとも考えられます。
(153系)そう。実は、その当時の国鉄では、ハニカム構造を採用するかどうか検討していたのですが、10系客車でのテストが順調であったことから、20系電車、のちの181系、そして20系客車で使用されていくようになったのです。ちなみに、私も80系先輩の流れを継いでモノコック構造で、製作されております。
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(Hs1208F)しかし、小田急3000形三というのは、私もあったことがないのですが…。すごい方だったのですね。
3000形SE車
(?)私のことで何か?
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(Hs1208F)わっ!!! びっくりしたΣ(・□・;)。
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(Kt1641F)あの、まさか3000形さん?
3000形SE車
(Od3000)皆様、初めまして、私はSEと申すものです。よろしくお願いしますm(_ _)m。
(153系)ご無沙汰です。ブルーライナーの153系です。
3000形SE車
(Od3000)153系さんですか、「東海」でよくご一緒させていただきましたね。
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(Kt1641F)遠いところ、わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。私は、近鉄1620系1641編成と申します。
3000形SE車
(Od3000)よろしくお願いしますm(_ _)m。そういえば、ロマンスカーの用語の発祥の地の近くを走っていると伺ったのですが…。
(Kh1810{除籍})それは、私とその後輩たちですね。
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(Hs1208F)しかし、台車の構造は京阪さん、そして、軽量化については小田急さんを参考にされていたということですか…。
3000形SE車
(Od3000)そういうことです。当時は、オールジャパン大勢で大手私鉄があらゆる面で、惜しみなく技術を投入していたのですよ。それから、私の場合も流線形の端くれとして、話をしておきたいのですが、実は、181系となる20系電車については、流線形のデザインであるものが参考になっていると聞いているのですよ。塗装については、TEEの敗色が参考になったといわれておりますが、確か…流線形についても、TEEの部分を参考にしたはずです。
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(Hs1208F)えっ、どっ、どういうことです?
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(Kt1641F)まさか…あのVT601型さんのことですか?
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(VT601型)確かに、その通りですし、カラーリングについては、私を参考にしたともいわれております。実は時代的にも似たり寄ったりです。『名列車列伝特集 特別篇「TEEが生まれたのは時代の必然 04」』でも話したのですが、私がデビューしたのは昭和32年のことです。
3000形SE車
(Od3000)まあ、そんなこともあって、ボンネット構造の参考となる車両がドイツにいたという環境が、似たような車両を作り出したということにほかならないといえます。
(N)第9回の解説補足ありがとうございます。ということで、次回は、「こだま」の運用と、トラブルについてお話します。ここからは、RailsimPI組も加わります。ということで、本日はここまで、次回をお楽しみにしていてください。それでは。