僕を見つけてくれてありがとう。 後編

本日の話題の2本目は、「がんばろう熊本【熊本大地震関連】」から「僕を見つけてくれてありがとう」の後編です。

どうして、晃さんが見つからなかったのでしょうか。それを、今回は解き明かしてきます。

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実は、捜索していた場所が問題だったと、指摘されておりました。だからといって、熊本県警も熊本県も決して、的外れな場所を探ったというわけではなかったのですが、どうしてなのかを探ります。

「どうか僕を助けて!」でも取り上げたのですが、ここで言えるのは、捜索開始当初の状況が、発見を遅らせたということにほかなりません。おそらく2次災害を考えての安全処置でもあったのですが、土砂崩落が起きた地域、及び阿蘇大橋がかかっていた場所を中心的に、捜索していたとされておりました。
実際に、阿蘇大橋で被害に遭遇した場所と、実際に、大和晃さんが見つかった場所との距離は500mでした。この理由は、梅雨の雨による土砂の流出が理由にあったといえます。

そのためか、発見された場所を探りだすのに、「梅雨」による土砂崩れの危険性という災害の関係を考えると、この判断は妥当だった見るべきなのでしょうか、おそらく、そう見るべきかもしれません。

両親の要請を受け、県などは捜索を実施したが、車の周囲にある土砂や岩を取り除く作業が難航。11日に車体の一部を切断して遺体をようやく収容すると、大和さんの腕時計を左腕に着けて作業を見守った忍さんの目からは涙があふれた。

と、毎日新聞の配信記事では伝えているところです。

本当に、両親の強い思いが実を結んだと思います。おそらく、晃さん本人は、

「僕を助けてくれありがとう」

と天国から声をかけているのかもしれません。

ということで、次回は、「地震から4か月、熊本県はがんばっているぞ」をテーマに二つのお話をしていきます。ということで次回をお楽しみに。それでは。