名列車列伝特集 06-3「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!3」

(N)あー、なんだか…。
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(Kt1641F)どうしました。
(N)トライアル雇用で、解雇されたという形になってしまって…。
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(Hs1208F)求めておられるものが異なったということですか?
(N)まあ、そういうことになります。しかし、どうなるのかはわからない状態ですし、まだ何もわからない状態です。
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(Kt1641F)とりあえず。本日の話題を始めましょう。さて、客車特急として走り始めた「はつかり」、しかし、早くもその列車の改良が求められるようになってきました。そもそも、どこから、改良の動きは起こったのでしょうか?
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(Hs1208F)本日の話題の2本目、「名列車列伝特集」は、「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!」の第3回をお届けします。ということで、本日のゲストは、このお三方をお招きしました。
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(キハ81型)どうも、特急「はつかり」を担当したキハ81型と申します。よろしくお願いします。前回「こだま」編でカメオ出演させていただいたのですが、今回のお話での主役は、私が担当した列車ということになりますので、語らせていただきます。もう一方は、私と同世代と伺っておりますが…。
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(Kt1641F)それが、翻訳マイクを1208編成さんが、つけてくれているようですし…。
(N)取り付けが、終わったようですよ。
(フリーゲンダ―・ハンブルガー)皆様、お初にお目にかかります。わたくしは、SVT型車両と、正式名称があります。皆様、よろしくお願いします。
(VT601型)皆様、海外編でお世話になりました。TEEで活躍してきたVT601 型と申します。よろしくお願いします。
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(Kt1641F)そして、583系のクハネ583型さんにも加わってもらいます。
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(クハネ583型)よろしくお願いします。すごいゲストですね…。
(フリーゲンダ―・ハンブルガー)さて、ディーゼル車両が最初につくられたのは、どこかといいますと、私たちのドイツが口火を切っておりました。私は高速ディーゼル車両として登場しました。
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(Kt1641F)しかし、特急車両という形ですから、そのために、特急車両だからこそ、高速化させるためですね。
(フリーゲンダ―・ハンブルガー)実は、私も、故障に見舞われました。
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(キハ81型)しかし、私も同じでしたが…。日本では、昭和初期のころは、あまり車両が、少なく、技術がなかなか追いついていなかった時代でした。しかし、戦後に日本は、新型気動車を開発させていくことになったのです。
(VT601型)丁度、同じころ、ヨーロッパ諸国でも「TEE」が誕生する環境が整えられている頃でした。
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(クハネ583型)そのころに、有名なディーゼル車両が、運用につくのです。昭和31年10月10日、東京上野駅と栃木県日光市日光駅を結ぶ快速列車が誕生、途中に宇都宮市の宇都宮駅にしか止まらないという列車が誕生し、そこにディーゼル車両の55系気動車が運用につきます。のちに、準急車両となる彼は、北海道を除く全国で活躍をする名車両として後輩の58系気動車とともに、急行列車のリーダーになっていきます。ちなみに、長距離急行となった「みやぎの」は、この車両がいなかったら誕生していなかったとさえ言われております。当然のことながら常磐線経由の列車でしたが、この列車は、いったん消滅するものの、のちに電車急行として復活し、名急行「まつしま」に吸収されて消滅となります。
イメージ 4(Hs1208F)すごい時代だったのですね。
(N)実は、さらに補足すると、このころ東北本線にも変化が出てきておりました。電化事業による、直流電化区間の開業です。これは、このお方が詳しいです。
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(クモハ157型【実は東北本線は東海道本線より前にデビューしていた】)実は、私も、かかわってくるのですが、当時のデラックス準急「日光」のベースは、先ほどクハネ583型さんがおっしゃられた列車が当てはまります。そして、それを「日光」と名付け、さらに電車化したのは、クハネ583型さんのお話していた時期から3年近く経つ頃のことです。
(VT601型)は、早いですね! それくらい、余裕があったということですか?
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(クモハ157型)いえいえ、それは違います。すでに電化していた私鉄、東武鉄道との激しい競争にさらされていたことを、重く見た国鉄首脳陣のトップダウンがあったという話を耳にしたことはございます。「日光」は当時の首都の奥座敷でしたから。
イメージ 5(キハ81型)そのため、さらに国鉄技術陣は気動車の開発に力を入れ、特急車両の製作を「はつかり」登場直後から検討するようになっていきました。今回は、ここで止めますが、その話が、この後の「はつかり、がっかり、事故ばっかり」の遠因となっていくのです。
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(Kt1641F)ということで、次回からは、昭和35年に飛んで、80系気動車誕生秘話と、初期事故のお話をしていく予定です。ということで、本日はここで失礼いたします。次回をお楽しみに。