名列車列伝特集 06-5「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!5」

(N)疲れました。
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(Kt1641F)それは、大変でしたね。どこまで行かれたのですか?
(N)高野山です。
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(Hs1208F)そうでしたか…。では、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「はつかり」編で、「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!」の第5回です。
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(クハネ583型)さて、私が活躍を開始したのは昭和43年からですが、昭和30年代は東北本線の電化は、まだ先の話と考えられておりました。そこで、常磐線経由の列車としてディーゼル特急を運転することになったのです。ところが(先輩!)。
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(キハ81型)私は、大宮から小山駅の試運転を行って行ったのですが、それが大きな問題は出ませんでした。ところが、12月10日に運転を開始してから、試運転では出てこなかった問題点が、浮き彫りになってきたのです。異変は運転開始1週間後からすでに起きておりました。大甕駅でエンジンが故障するトラブルを起こした後、小さなトラブルを抱えたのが始まりでした。
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(Kt1641F)は、始まりですか?
イメージ 7(キハ81型)翌年の昭和36年1月12日に、我孫子駅から取手駅を走行中、床下から発火を起こして、緊急停車と同時に消火活動を開始するという騒ぎとなったのです。そのため、「はつかり、がっかり、事故ばっかり」という言葉が定着するという事態になってしまいました。
(フリーゲンダ―・ハンブルガー)これは、私も似たようなことは起こしておりましたが、それ以上の問題ですな。
(VT601型)あの、原因は?
イメージ 7(キハ81型)原因は排気管系統の過熱発煙です。どういうことかといいますと、自動車と同じように、ディーゼル車両にも、排ガスを抜く設備はあります。フリーゲンダ―・ハンブルガーさんにも、VT601さんにもそれは装備されておりますし、ディーゼル車両では常識の設備です。ところが、その機関に関して不備が指摘されていた点もあり、また、電気系統でも接触不良が起きたこともあってか、エンジン及び制御がストップするという事態に追い込まれてしまったのです。
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(C62型)ところが、それだけで終わりというのではなく、このような状態で国鉄は、80系気動車127両を発注済みという厄介な話となってしまったわけで、にっちもさっちもいかなくなったわけです。
(フリーゲンダ―・ハンブルガー)確かに、新技術導入というのは、大変なもので、私が登場した当初も、新技術として開発されたこともあったためか、かなりの故障を連発したこともありました。ところで、どう乗り切ったのですか?
イメージ 7(キハ81型)実は、これを解決したのがキハ82型で、その系統で導入した技術によって、初期故障は収まったのですよ。これが昭和36年ですから、1年間です。その中で火を噴いたのが3回、それを含めて故障が13回という異常な事故数に、国鉄は頭を抱えていたのです…。
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(Hs1208F)出火で3件も、それはいくらなんでも…(-_-;)。
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(キハ82型)ただ、そうだといっても、私の場合も問題がなかったわけではないので、人のことは言えません。いわゆる「蛙の子は蛙」でしょうね。しかし、開発順序として、急行用のディーゼル車両が登場するのが昭和36年3月の56系気動車を皮切りに、信越線用が同年4月の57系気動車、全国用となる58系気動車として同年夏に開発され、その技術開発の集大成として全国版の私が、落成と相成ったわけです。
イメージ 4(Kt1641F)ふ、複雑すぎてややこしい。ですが、試運転を念入りに重ねたことが、結果的には、安全性の向上につながったということですね。
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(キハ82型)大々的に、新聞には書かれましたが…(-_-;)。それでも、昭和36年10月の「サン・ロク・トオ」改正には間に合いました。ということで、次回は、私も加わりまして、東北本線特急の増強と、その関連についてお話していきます。ということで、次回をお楽しみに。
イメージ 4(Kt1641F)エンドコール、ありがとうございます。